おひとりさま希望の伯爵令嬢、国王の命により不本意にも犬猿の仲の騎士と仲良くさせられています!

第12話 男嫌いの理由は


『……フランツ様。私との婚約を破棄するとは、どういうことでしょうか』
『見ての通りだ。彼女はフリードル公爵の娘のジュリアだ。実はちょうど昨日、懐妊が分かったところなんだ』


 ジュリア様と呼ばれたその女性は、私の婚約者であるはずのフランツ・シャドラン辺境伯様に寄り添って立っている。昨日懐妊が分かったとフランツ様は仰るが、どう見ても近いうちにご出産されるのではという程、ジュリア様のお腹は大きかった。


『それで、そちらのジュリア様がご懐妊されたから、私との婚約は破棄したいということですか……?』
『君には申し訳ないと思っている。しかし、こちらも昨日分かったばかりなのでね。既に君は移動中だったろうから、ここに到着してから伝えるしかなかったんだ。連絡が遅くなって申し訳ない』


 違う、私に謝るのはそこじゃない。婚約破棄を伝えるタイミングが遅くても早くても、そんなことはどうでもいい。
 私のことを愛しているというから嫁いで来たのに、それが嘘だったから絶望しているのだ。


『マリネット様。せっかく花嫁衣裳まで準備なさったところ申し訳ないわね。でもよく考えてちょうだい。我がフリードル公爵家と、あなたのザカリー伯爵家。どちらがフランツのお役に立つのか。それに、まさか身重の私を追い出そうなんて、そんなことなさらないわよね?』


 瞳にいっぱい涙を溜めて、ジュリア様はフランツ様の腕をぎゅっと握った。それに応えるようにフランツ様もジュリア様を抱き寄せ、彼女の額に口付けをする。


『マリネット、君なら分かってくれるね』
『まだお若いからいくらでも嫁ぎ先は見つかると思いますわよ』
『……』
『…………』


◇ ◇ ◇


「……っ、……くっ、……ぶふぁああっ!!」
「マリネット、目が覚めた? 気分はどう?」


 嫌な夢にうなされてガバっと飛び上がると、そこはいつの間にか自室のベッドの上だった。半身をもたげたままベッドの横にいるコーラ様の方を見て、何が起こったのかを必死に思い出す。


(うーん……私、何してたんだっけ。確か、ラルフ様と一緒に庭園に行って夕日を見ながら……あっ、そうだ。ラルフ様と手を繋いで……っ)


「……手を! 手をぉぉっ!!」
「マリネット、落ち着いて!」


 頭を抱えて暴れ出した私を、コーラ様がぎゅっと抱き締める。すると、夢と現実の境が良く分からなくて頭がぼんやりしていた私も、少しずつ気持ちが落ち着いて来た。
 私が大人しくなったのを確認して、コーラ様がベッドの横に腰かけた。


「どうやら庭園で倒れたみたいね。ラルフが慌てて連れて来たのよ。お医者様は、ただの貧血か何かだろうから大丈夫ですって。もう夜になるし、このままゆっくり眠ったらどう?」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ちょっと呼吸をするのを忘れちゃったみたいで。これからは気を付けます」
「呼吸するのを忘れないように気を付けるの? マリネットったら面白いのね。とにかく、本当に無理しないでゆっくり休んで。お休みなさい」
「……お休みなさい」


 コーラ様がウィンクをして扉をパタンと閉めると、私は全身の空気が全て抜けてしまうのではないかという程大きく息を吐いた。


(えっと、何が起こったか整理しよう)


 明日ジーク様のお部屋に行く時に、ラルフ様と手を繋いで行く羽目になってしまったんだったわよね。それでラルフ様が、「事前に手を繋ぐ練習をしよう」と言って、私を庭園に連れて行った。そこで私たちは隣に座って手を繋いで……そこで頭がクラクラして倒れたんだったわ。うん、思い出してきた。

 窓の外を見ると、もうすっかり夜になっている。私は一体何時間くらい倒れていたんだろう。
 開いたままのカーテンを閉めようと、ゆっくりベッドから立ち上がる。夜風が体をかすめるとやけにひんやりとして、体中にたくさん汗をかいていることに気付いた。

 思い出したくもない四年前のあの出来事が、鮮明に夢に出て来たからだろうか。


 ――四年前、フランツ・シャドラン辺境伯と私の縁談が持ち上がった。
 あの頃はまだお父様も官職に就いていて、シャドラン家以外にもザカリー伯爵家に取り入ろうとする家がいくつかあった。
 当時十六歳だった私はまだまだ恋に恋する少女に過ぎず、シャドラン辺境伯の「愛している」という言葉を信じ、彼からのプロポーズを受けたのだった。


(まさか、公爵家のご令嬢と結婚前に関係を持っているなんて、思いもよらなかったわね)


 一方的に婚約破棄をされたあと、私は自邸に引きこもるようになったから、フランツ様とジュリア様のその後はよく知らない。きっとそのままご結婚されて、子供も生まれたのだろう。
 私に彼らの情報が入らないようにお父様が気を遣ってくれていたけれど、忘れようと思ってもいまだにあの時の衝撃は忘れることはできていない。

 実はジーク様の教育係になる前にも一度、身分や顔を隠して夜会に参加したことがあった。その時、ダンスに誘ってくれた男性の手に触れた瞬間に呼吸が苦しくなり、その場で派手に倒れてしまったのだった。

 ジーク様を抱っこしたり膝に乗せたりしても何も起こらないので、きっと成人男性に対して無意識に拒否反応を示してしまう体質になってしまったのだと思う。

(突然目の前で倒れるなんて、ラルフ様にご迷惑をかけちゃったな……)

 ただの不機嫌顔の騎士だと思っていたけど、ああして二人でゆっくりお話をしてみると、実際の彼は私の思っていた人物像とは少し違うみたいだ。表現方法が不器用なだけでジーク様を思いやる気持ちは誰よりも強いし、私のことだって目の敵にしているわけでもなさそうだった。
 何より、自分の意見だけを通すのではなく、私の意見もちゃんと取り入れて行動を変えようとしてくれた。歩み寄ってくれた。
 それが少し嬉しかったのに、たかが手を繋いだだけで失神してしまうなんて。

 ラルフ様は私のことを、とんでもなく面倒なやつだと思ったに違いない。
 明日、二人で手を繋いでジーク様のところに一緒に行けるだろうか。
 まずは一言、謝らなければ。
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