おひとりさま希望の伯爵令嬢、国王の命により不本意にも犬猿の仲の騎士と仲良くさせられています!

第15話 やっぱり男性はお断りです

 ヒルデ王女に呼ばれたのは、乳母のコーラ様を筆頭に、身の回りの世話をしている侍女たち。そして教育係のラルフ様と私、そしてラルフ様が束ねる護衛騎士数名。

 ジーク様から婚約者選びのお茶会の話を聞いていたからいいものの、何も聞かされずにこの場に呼ばれたら、それこそ緊張して貧血を起こしていたかもしれない。

 天井にはメデル大聖堂と同じく碧色を基調とした神画が描かれ、柱には見事な彫刻も施されている。あちらこちらに高そうな調度品も置かれていて、「どうも! お金持ってます!」ってアピールしている感じのお部屋だ。

(ここの調度品を売るだけでも、私の老後の年金は賄えそうだわ……)

「マリネット、どうかしたの?」
「あっ、いえ。何でもないです」

 コーラ様と小声で話していると、ふいにカツカツと靴音が聴こえ、入口の扉が開いた。

――ヒルデ様だ。
 訓練場でラルフ様と手合わせをしていた時の凛とした雰囲気とは少し違い、淡いグリーンのドレスに身を包んだヒルデ様は清楚で相変わらずお美しい。
 ヒルデ様の後ろには、宰相を務めるクライン公爵、ヒルデ様の護衛騎士ロイド様が続く。

(今朝、『またね』って仰っていたのはこういうことね)

 その場の全員がヒルデ様の方に向かって立ち、お辞儀をして迎える。
 ヒルデ様は椅子に座ると、私たちに向かってふんわりと笑った。

「国王陛下のことでお話があります」

 一言発したあと、ヒルデ様はクライン公爵に目配せをした。クライン公爵はゴホンと咳ばらいをして、私たちの方に向き直る。

「ジーク国王陛下の婚約者……つまり、将来の王妃となられる方を選定することとなった。国内の高位貴族で年の近いご令嬢がいる者を、来月王城に招待する。日中は各ご令嬢とジーク国王陛下の顔合わせを兼ねたお茶会を催し、夜はご令嬢の両親を含めた夜会となる。護衛騎士の者たちは警護の計画を立てるように。それと、マリネット・ザカリー嬢」
「……はいっ!!」

 突然名前を呼ばれた私は、ビクっと背筋を伸ばす。

「少しこの場に残りなさい。来月までの教育計画について話がある」
「……はい、承知いたしました。宰相様」

 予想通りだ。たった一か月で何ができるのかは分からないけど、きっと無理難題を言われるのだろう。
 私は、部屋を後にするコーラ様や侍女たちの背中を、恨めしそうな顔でじっと見つめた。


◇ ◇ ◇


「はああぁっ!!」

 思わず使用人用食堂のテーブルに突っ伏して体中の力が抜けている私の背中を、コーラ様がポンポンと叩く。

「どうだった? マリネット。これから一か月の教育計画は」
「……言葉遣いやマナーだけでなく、当日は民族舞踊(フォークダンス)で親交を深めるそうですから、ダンスの勉強も必要です。ジーク様はまだしも、三歳や四歳の小さいご令嬢はどうするのかしら。あ、先入観が入ってはいけないので、ジーク様と私たちには候補者の方のお名前は教えて頂けないそうです」
「そうみたいね。候補者の方が誰なのか、私たちは当日にならないと分からないんですって。知っているのはヒルデ殿下、クライン公爵と貴族院の皆様あたりかしら」
「コーラ様……私、不安すぎます。教育、間に合うでしょうか」
「かなり頑張らないとね」

 言葉遣いとマナーは、日常生活の中で厳しく教えていくしかない。その場で注意して、随時直していただくようにしなければ。
 ダンスは、どうする? 私とでは身長差がありすぎるし、本当は同年代の練習相手がいればよいのだけど、それも難しい。仕方ない、私が腰をかがめて何とかジーク様のダンスのお相手をするしかない。

(絶対絶対、腰をやられるわ……!)

 あわよくば妹のイリスをジーク様の婚約者に、なんて考えたこともあったけど、いざ教育係になってみたらそんな余裕は全くない。とにかく無事にお茶会と夜会を迎えられるようにするだけで精一杯だわ。

「フォークダンスってどんな踊りでしたっけ。私、長い間引きこもっていたので、すっかり忘れてしまって」

 その場で立ち上がって腕を上げてみたけれど、どちらの手を相手の肩に置いたらいいのか分からなくなってしまった。
(右? 左?)

「違うわマリネット。もっと脇を開いて、右手をお相手の手の上に乗せるのよ。左手は肩の上へ」
「……こう?」

 コーラ様も立ち上がって練習にお付き合いしてくれてもいいのに、座ったまま口で指示するだけだ。
 私はふてくされてその場でターン。

 すると、突然私の目の前にドーンと現れた背の高い影が、私の腰に手を添えて右手を握った。

「ひぃっ!」
「レディ、こんなところでダンスの練習ですか? お相手いたしますよ」
「……ロイド様!」

――突然目の前に現れたロイド様に触れられてから、わずか五秒。

 私はその場でそのまま意識を失って後ろに倒れ、部屋に運ばれたのだった。
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