おひとりさま希望の伯爵令嬢、国王の命により不本意にも犬猿の仲の騎士と仲良くさせられています!
第22話 好きなんだよ
「……踊れた、踊れたわ!」
庭園に続くバルコニー。バラのアーチの陰、広間から死角になったその場所で。
私、伯爵令嬢マリネット・ザカリーは、渾身のガッツポーズを決めた。
――ハンカチで、目隠しをしたまま。
「……もう目隠しを取れよ」
「いいえ、何だかこの目隠しが気に入ってしまって。これを付けていると何でもできる気がするんです!」
ハンカチから透けて見える月明かりを頼りに、両手を前に出して手探りで長椅子を探す。すると後ろから私の腰をラルフ様の両手が掴み、くるっと回して座らせた。
(……いつもこうして触れるのが一瞬だから、息を止める暇もないわね)
抵抗虚しく目隠しをされて、半ば強引に踊らされたにも関わらず、途中で失神することなく曲の最後まで踊ることができた。男の人に触れる不安よりもむしろ、何か大きなものに包まれている安心感で心地よかったのだ。
「目隠しって、すごい……」
隣に座ったラルフ様の気配を感じながら、私は目の上から手のひらでぐっとハンカチを押さえる。
目隠しが気に入った、なんて真っ赤な嘘。本当は息遣いが感じられるほどの至近距離で踊ったラルフ様と、目を合わせるのが恥ずかしかっただけだ。
「そろそろ夜会が始まるな」
「っ! もうそんな時間ですか?」
「まだ踊り足りない?」
「そんなことないです! 十分です! これで、ジーク様の前でもダンスを披露できるじゃないですか」
「目隠ししたまま踊るのか?」
(……え)
目隠しがないとラルフ様とは踊れない。つまり、ジーク様の目の前で目隠しをして踊るってこと? それってちょっと変態じみていないかしら。
私は呆然と大口を開けて、そのまま天を見上げた。
そんな私の横で、ラルフ様の堪えた笑いが漏れ聞こえてくる。
「今からジーク様の警護にいかなければいけない」
「え? ジーク様は先ほどもうお休みになりましたよ」
「疲れて少し眠ってしまっただけだろう? 夜会でご挨拶をなさるから、そろそろ起こしてコーラが連れてくるはずだ」
「そうなんですか……そのまま朝までゆっくり寝かせて差し上げたかったのに」
たった五歳の子供が、一生懸命たくさんのご令嬢たちをもてなしたのだ。疲れ切っているに違いない。それなのに、まだ解放してあげられないだなんて。
さっきまでの穏やかな気持ちは薄れて、ジーク様のことを考えて胸がチクチクと痛む。私は目隠ししているハンカチに手をかけて、そのままそれを下にずらした。
招待客が入ってきたのか、広間からは少しずつ話し声が漏れ始めている。
これから私は、婚約者候補のご令嬢たちのご両親に挨拶をし、下がらせてもらう予定だ。
イリスの付き添いでお父様とお母様も来ているかもしれない。残念ながらイリスはダンスのお相手には選んでもらえなかったけど。
まあ、あの弾丸トークを披露してしまっては、当然のことだ。ジーク様もイリスの勢いに少し怖がっていたし。
(ん? ちょっと待って。うわぁ、思い出しちゃった。ラルフ様って幼女趣味の言葉攻めフェチなんだった!)
「ラルフ様は、うちのイリスが婚約者にふさわしいなんて仰ってましたが」
「ん? ああ……でも、今日実際に会ってみて思った。ちょっと難しいかもしれないな」
(ほっ……)
いくら幼女趣味だからと言って、やっぱりラルフ様もあのイリスはちょっと受け入れられないわよね。
だとしたら、他にもたくさん幼いご令嬢たちが集まっているこの機会を逃すわけにはいかないわよね。新たにラルフ様のお好みの女の子を物色して……
「……って、ラルフ様!! それはいけません!」
「は?!」
ああ、もう!
もし私が躊躇なく男性に触れる体質だったら、今こそ胸ぐらをつかんで説教したいところだ。こうして隣で口でキャンキャンと文句を言うだけの自分が情けない。
「いいですか? 貴方はヴェルナー侯爵家のご令息。しかも将来侯爵家を継ぐ嫡男ですよね。落ち目のザカリー家の者からこんなことは悔しくて言いたくありませんが、きっと未来も明るいです。よく考えてください!」
「いったい何を言っているんだ?」
「すっとぼけないで! ラルフ様がイリスや、それにジーク様にまでトロンとした優しい視線を送っていたのを知ってますよ」
何を言っているのか分からないという顔で首をかしげるラルフ様。わざとぼかして言ってあげてるのに、もしかしてこの人はハッキリと「このロリコン!」って罵って欲しいのかしら。
……やっぱり、言葉攻めフェチなの?!
私はベンチから立ち上がり、ラルフ様の目の前に立つ。腰に手を当て、胸を張って、座っているラルフ様を上から見下ろした。
「分かりました。それではハッキリ言いましょう」
「はあ」
「……この変態! 五歳や六歳の幼い子どもを婚約者にして妻に迎えようだなんて、貴方何様のおつもり? 相手のことも考えなさいよ、変態!」
(ヤバっ! 『変態』って二回も言っちゃった!)
ラルフ様の顔はみるみるうちに赤くなり、膝に置いている手がプルプルと小刻みに揺れている。私に真相を暴かれて怒っているのか、それとも……言葉攻めで喜んでる?
しばらくプルプルしていたラルフ様が静かに立ち上がった。私の目の前に上背のある引き締まった騎士の体がそびえたつ。
目線を伏せたまま、ラルフ様が私の方に一歩踏み出した。思わずそのままうしろに下がると、再びラルフ様が一歩ずつこちらに近付く。あっという間に私は、バラのアーチの中まで後ずさりすることになってしまった。
(これ以上下がったら、バラの棘で串刺しになっちゃうわよ……!)
あとがなくなって、恐る恐るラルフ様の顔を見上げると、ラルフ様が真剣な顔で言う。
「何を勘違いしたのか知らないが、俺は幼女趣味などではない」
「そっ、そうなんですか? だって、イリスが婚約者にふさわしいって言ったり、お茶会でイリスにメロメロしながら一緒に踊っていたし……私てっきりそう思ったんですけど。それに、二十三歳にもなって侯爵家の嫡男が婚約者もいないなんておかしいなって。あれ、もしかして男性の方がお好きとか……」
「……俺は、『大人の』『女性が』、好きだ」
(そうなんだ……本当かな? でも、とりあえずイリスのことをどうこうするつもりもなさそうだし、一件落着ってことでいいか。大人の女性が好きなくせに『女嫌い』の噂が立つっていうのも不思議だけどね。……あっ、まさか!)
「ラルフ様! じゃあもしかしてラルフ様は、ヒルデ様のことを?」
「もういい加減にしてくれ」
「だって、ヒルデ様と剣の手合わせをしていた時に思ったんです。私に対してはいっつも不機嫌そうな顔なのに、ヒルデ様には妙に優しい顔をしているなって。まさかそういうことだった――」
ヒルデ様とラルフ様の手合わせの日のことを思い出している私に、更にラルフ様が一歩近づいた。
慌てて後ろに下がろうとしたけれど、バラのアーチに阻まれる。すると、ラルフ様に腰を抱き寄せられた。
「だから! 触らないで下さいって言ってるじゃないですか!」
ああ、そうだった。彼の動きは電光石火なのだ。
イリスに近付いた時のように、私が呼吸を忘れる間も与えず、あっという間にラルフ様の体と密着する。
そのままラルフ様は、私の首にかかったままのハンカチをつかんで顔の方に持ち上げ、私の口を隠した。
(なに――?!)
「……好きなんだよ」
それから、そのハンカチの布越しに。
ラルフ様の唇が私の唇に触れた。
庭園に続くバルコニー。バラのアーチの陰、広間から死角になったその場所で。
私、伯爵令嬢マリネット・ザカリーは、渾身のガッツポーズを決めた。
――ハンカチで、目隠しをしたまま。
「……もう目隠しを取れよ」
「いいえ、何だかこの目隠しが気に入ってしまって。これを付けていると何でもできる気がするんです!」
ハンカチから透けて見える月明かりを頼りに、両手を前に出して手探りで長椅子を探す。すると後ろから私の腰をラルフ様の両手が掴み、くるっと回して座らせた。
(……いつもこうして触れるのが一瞬だから、息を止める暇もないわね)
抵抗虚しく目隠しをされて、半ば強引に踊らされたにも関わらず、途中で失神することなく曲の最後まで踊ることができた。男の人に触れる不安よりもむしろ、何か大きなものに包まれている安心感で心地よかったのだ。
「目隠しって、すごい……」
隣に座ったラルフ様の気配を感じながら、私は目の上から手のひらでぐっとハンカチを押さえる。
目隠しが気に入った、なんて真っ赤な嘘。本当は息遣いが感じられるほどの至近距離で踊ったラルフ様と、目を合わせるのが恥ずかしかっただけだ。
「そろそろ夜会が始まるな」
「っ! もうそんな時間ですか?」
「まだ踊り足りない?」
「そんなことないです! 十分です! これで、ジーク様の前でもダンスを披露できるじゃないですか」
「目隠ししたまま踊るのか?」
(……え)
目隠しがないとラルフ様とは踊れない。つまり、ジーク様の目の前で目隠しをして踊るってこと? それってちょっと変態じみていないかしら。
私は呆然と大口を開けて、そのまま天を見上げた。
そんな私の横で、ラルフ様の堪えた笑いが漏れ聞こえてくる。
「今からジーク様の警護にいかなければいけない」
「え? ジーク様は先ほどもうお休みになりましたよ」
「疲れて少し眠ってしまっただけだろう? 夜会でご挨拶をなさるから、そろそろ起こしてコーラが連れてくるはずだ」
「そうなんですか……そのまま朝までゆっくり寝かせて差し上げたかったのに」
たった五歳の子供が、一生懸命たくさんのご令嬢たちをもてなしたのだ。疲れ切っているに違いない。それなのに、まだ解放してあげられないだなんて。
さっきまでの穏やかな気持ちは薄れて、ジーク様のことを考えて胸がチクチクと痛む。私は目隠ししているハンカチに手をかけて、そのままそれを下にずらした。
招待客が入ってきたのか、広間からは少しずつ話し声が漏れ始めている。
これから私は、婚約者候補のご令嬢たちのご両親に挨拶をし、下がらせてもらう予定だ。
イリスの付き添いでお父様とお母様も来ているかもしれない。残念ながらイリスはダンスのお相手には選んでもらえなかったけど。
まあ、あの弾丸トークを披露してしまっては、当然のことだ。ジーク様もイリスの勢いに少し怖がっていたし。
(ん? ちょっと待って。うわぁ、思い出しちゃった。ラルフ様って幼女趣味の言葉攻めフェチなんだった!)
「ラルフ様は、うちのイリスが婚約者にふさわしいなんて仰ってましたが」
「ん? ああ……でも、今日実際に会ってみて思った。ちょっと難しいかもしれないな」
(ほっ……)
いくら幼女趣味だからと言って、やっぱりラルフ様もあのイリスはちょっと受け入れられないわよね。
だとしたら、他にもたくさん幼いご令嬢たちが集まっているこの機会を逃すわけにはいかないわよね。新たにラルフ様のお好みの女の子を物色して……
「……って、ラルフ様!! それはいけません!」
「は?!」
ああ、もう!
もし私が躊躇なく男性に触れる体質だったら、今こそ胸ぐらをつかんで説教したいところだ。こうして隣で口でキャンキャンと文句を言うだけの自分が情けない。
「いいですか? 貴方はヴェルナー侯爵家のご令息。しかも将来侯爵家を継ぐ嫡男ですよね。落ち目のザカリー家の者からこんなことは悔しくて言いたくありませんが、きっと未来も明るいです。よく考えてください!」
「いったい何を言っているんだ?」
「すっとぼけないで! ラルフ様がイリスや、それにジーク様にまでトロンとした優しい視線を送っていたのを知ってますよ」
何を言っているのか分からないという顔で首をかしげるラルフ様。わざとぼかして言ってあげてるのに、もしかしてこの人はハッキリと「このロリコン!」って罵って欲しいのかしら。
……やっぱり、言葉攻めフェチなの?!
私はベンチから立ち上がり、ラルフ様の目の前に立つ。腰に手を当て、胸を張って、座っているラルフ様を上から見下ろした。
「分かりました。それではハッキリ言いましょう」
「はあ」
「……この変態! 五歳や六歳の幼い子どもを婚約者にして妻に迎えようだなんて、貴方何様のおつもり? 相手のことも考えなさいよ、変態!」
(ヤバっ! 『変態』って二回も言っちゃった!)
ラルフ様の顔はみるみるうちに赤くなり、膝に置いている手がプルプルと小刻みに揺れている。私に真相を暴かれて怒っているのか、それとも……言葉攻めで喜んでる?
しばらくプルプルしていたラルフ様が静かに立ち上がった。私の目の前に上背のある引き締まった騎士の体がそびえたつ。
目線を伏せたまま、ラルフ様が私の方に一歩踏み出した。思わずそのままうしろに下がると、再びラルフ様が一歩ずつこちらに近付く。あっという間に私は、バラのアーチの中まで後ずさりすることになってしまった。
(これ以上下がったら、バラの棘で串刺しになっちゃうわよ……!)
あとがなくなって、恐る恐るラルフ様の顔を見上げると、ラルフ様が真剣な顔で言う。
「何を勘違いしたのか知らないが、俺は幼女趣味などではない」
「そっ、そうなんですか? だって、イリスが婚約者にふさわしいって言ったり、お茶会でイリスにメロメロしながら一緒に踊っていたし……私てっきりそう思ったんですけど。それに、二十三歳にもなって侯爵家の嫡男が婚約者もいないなんておかしいなって。あれ、もしかして男性の方がお好きとか……」
「……俺は、『大人の』『女性が』、好きだ」
(そうなんだ……本当かな? でも、とりあえずイリスのことをどうこうするつもりもなさそうだし、一件落着ってことでいいか。大人の女性が好きなくせに『女嫌い』の噂が立つっていうのも不思議だけどね。……あっ、まさか!)
「ラルフ様! じゃあもしかしてラルフ様は、ヒルデ様のことを?」
「もういい加減にしてくれ」
「だって、ヒルデ様と剣の手合わせをしていた時に思ったんです。私に対してはいっつも不機嫌そうな顔なのに、ヒルデ様には妙に優しい顔をしているなって。まさかそういうことだった――」
ヒルデ様とラルフ様の手合わせの日のことを思い出している私に、更にラルフ様が一歩近づいた。
慌てて後ろに下がろうとしたけれど、バラのアーチに阻まれる。すると、ラルフ様に腰を抱き寄せられた。
「だから! 触らないで下さいって言ってるじゃないですか!」
ああ、そうだった。彼の動きは電光石火なのだ。
イリスに近付いた時のように、私が呼吸を忘れる間も与えず、あっという間にラルフ様の体と密着する。
そのままラルフ様は、私の首にかかったままのハンカチをつかんで顔の方に持ち上げ、私の口を隠した。
(なに――?!)
「……好きなんだよ」
それから、そのハンカチの布越しに。
ラルフ様の唇が私の唇に触れた。