【コミカライズ】おひとりさま希望の伯爵令嬢、国王の命により不本意にも犬猿の仲の騎士と仲良くさせられています!
第3章 元凶、現る

第23話 対立する家同士なのに

 【おひとりさま】[名詞]未婚者。または、自立して一人でも生活を楽しめている人。

 生涯一人で生きて行こうと決めた私にとって、安定=生きる糧。
 安定した仕事、安定した収入、そして安定した心。

 私のような貴族の娘には、政略結婚が待っているものだ。

 婚約した相手に、結婚直前に裏切られる。
 必死で愛を乞うても、目の前で別の人に奪われる。
 自分以外の誰かに心を乱され、心の安寧が失われる。

 そんなことが絶対に起こらないなんて、誰が言えるの?

 私はそれが嫌だった。
 必死で働いて稼ぎ、我慢に我慢を重ねて節約してでも、一人で生きていく。結婚なんかしない。私の心を誰にも乱させないために。

 それに一人で生きていくことは、辛いことばかりではないはずだ。時には好きな本を読み、罪悪感も忘れてスイーツを頬張り、時間を気にせず午睡を貪る。そんな自由な生活を送れるワンダフルでスペシャルでマーベラスな生き方なのだ。

 おひとりさま、万歳!
 おひとりさま、最高!

 私の心は、他人に乱されることはない、はずだった。



 あの時、薄い一枚の布だけを隔てて、突然ラルフ様の唇が重なった。ほんの一瞬の出来事に、また私は呼吸を止める暇もなく、貧血を起こしたり失神したりもしなかった。
 彼は私がパッチリと目を開けて驚いている姿をしばらくそのまま見つめ、何も言わずにその場を去った。

(多分ラルフ様は、私が失神して倒れないかどうかしばらく様子を見てから去ったのね……)

 ボーっと立ち尽くす私を見つけたジーク様の侍女のリズが、私をそのまま部屋に連れて行ってくれた。夜会は体調不良を口実に欠席。ジーク様もあまりの疲れに起きてくることができず、欠席となったそうだ。

 朝目覚めてベッドの縁に腰かけたまま、私は自分の指先でそっと唇に触れてみる。昨日のことなのに、まだそこに、彼の唇の感触が確かに残っている。

(ハンカチ越しではあるけれど、これは私とラルフ様のキ、キ、……)

「ぐああおおうぅっ!! 無理っ、無理無理!! なんであんなことしたの?!」

 せっかく体を起こしたのに、私はもう一度ベッドに突っ伏して枕に顔を埋める。
 私と彼の家同士は犬猿の仲。出会った瞬間から不機嫌顔と嫌味の連発で、お互いに大っ嫌いだったはずなのに。
 ジーク様の願いを叶えるために私と手を繋いだり踊ったり、挙句の果てにジーク様から命令も受けていないのに、キ、キ……きぃぃぃっ!!

 大丈夫なの?
 これって唇を奪われたことになるの? それとも未遂?

 私にはよく分からないから、類似ケースを例にとって考えてみよう。


 例えば、怖い人と怖い人が道ですれ違う時に肩がぶつかったとする。

『……おい、お前。今私の肩にぶつかったな?』
『あん? ふざけんなよ。ぶつかってきたのはお前だろ? 骨が折れていたら一体どうしてくれるんだよ』
『突然お前呼ばわりとは、我がオイチョカブ伯爵家を愚弄する気か!』
『おいおい、お貴族様だからって偉そうにしてんじゃねえよ! 確かにお前からぶつかってきただろうが!』
『私は服を着ている! 直接肩がぶつかったわけではない!』
『お……おぅ、そうか。確かに服を着ているから、直接ぶつかったわけじゃねえな。この接触はなかったことに』
『ああ、それじゃあ』
『じゃあな』


 ……なんてことになる?! ならないよね?

 つまり人同士の接触有無を考えるにあたって、間に布が挟まっていたとしても、『なかったこと』にはならないんだ。

(つまり、アレが私のファーストキス……)

――うわぁ……。
 確かに私も悪かった。
 確固たる証拠もないのに、勝手にラルフ様を言葉攻め大好き幼女趣味に仕立て上げてしまった。元はと言えば、ラルフ様がそれに怒ったのが今回の唇部接触事件の原因だ。
 変態と罵られて腹を立てたラルフ様は私をバラのアーチの棘で脅し、唇部接触を行った。動機は「大人の女性が好きである」ということを証明するためとみられる。ラルフ様はその際、「……好きなんだよ」と供述。

(もう、大人の女性が好きなのは分かったわよ……。口で言ってくれれば良かったのに、どうしてあんなこと)


「マリネット、気分はどう? 昨日はフラフラで顔色も真っ青だったけど。今日は真っ赤ね」

 私の部屋に様子を見に来たリズが、冗談めかして言う。

「昨日はありがとう、リズ。ものすごく心がモヤモヤするんだけど、気持ちを切り替えてまた頑張らなくちゃ」
「そうね。きっとこれから婚約者候補の中からジーク様の選んだ方を聞くのでしょう?」
「ジーク様はどなたを選ぶのかしら。あ、私ったら結局、婚約者候補の方のリストをまだ見ていないわ」
「……ふふ、そうよね。ラルフ様とのデートで頭がいっぱいだったんでしょ?」

(おヌッ?!)

「デ、デ、デデデートって何よ!」
「だって私見ちゃったわよ、あなたたちがそういう関係だとは知らなかったから驚いたわ。対立する家に生まれた二人がこっそり愛し合っているだなんて、すごくロマンチックじゃないの!」
「違うわ、愛し合うだなんて何を言ってるの?! 私たちはむしろ仲が悪いし、何と言うか……そう、ジーク様から仲良くしなさいって怒られたからしぶしぶ仲良くしようとしているだけなのよ」
「あら。ジーク陛下から言われたから、しぶしぶキスまでしちゃうの? わざわざ陛下がご覧になっていないところで?」

 リズは何も言えなくなった私を後目に部屋のカーテンと窓を開けると、ニヤニヤしながら部屋を出て行った。
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