おひとりさま希望の伯爵令嬢、国王の命により不本意にも犬猿の仲の騎士と仲良くさせられています!

第24話 ラルフとヒルデ ※ラルフside

 思わず、マリネットにキスをしてしまった。

 翌朝、いつもよりも半刻以上早く訓練場に出向き、一人で汗を流しながらモヤモヤした心を落ち着かせる。
 モヤモヤの原因はもちろん、突然キスをしてしまった自分の行動に対するものと、マリネットが俺に言ったあの一言。

――『幼い子どもを妻に迎えようだなんて……この変態!』


(いったい何をどうしたらそんな考えに至るんだ……?)


 五歳や六歳の幼女に恋心を抱いたことなんて一度もない。「ラルフ・ヴェルナーは女嫌いだ」なんて噂が流れているのは知っているが、好きでもなんでもない女性から言い寄られるのが嫌で、必要以上に会話をしなかっただけだ。それに実際、自分の運命を他人に委ねるだけの、意志のない女性はあまり好きじゃなかった。

 正直に言うと、子供は好きだ。
 ジーク国王陛下に微笑まれると、陛下のためなら何でもしてあげたいという気持ちになるし、幼馴染で四つ年下のヒルデ様に対しても同じ気持ちだ。
 でもそれはあくまでも、小さくて弱々しくて儚い存在を、守ってあげたいと思わせる庇護欲。それを男女間の愛情とはき違えたことなんて一度もない。
 マリネットに対する感情とは、全く別物だ。

 マリネットに会った時に彼女に惹かれたのは、彼女が自分の意思で強く生きようとしていた姿に心打たれたからだった。両親や祖父母に色々とヴェルナー家への恨みつらみを聞かされていただろうに、それに流されず、自分の意思を通す強さがまぶしかった。

 汗で濡れた髪の毛両手でぐちゃぐちゃと掻きまわし、訓練場の真ん中でしゃがみこんで首を垂れる。

(キスした時、どさくさに紛れて好きだって伝えたんだが……)

 幼女趣味だと勘違いされていたことを否定したかっただけなのか、初めて二人でダンスをして気持ちが抑えきれなくなったのか。頭で考える前に「好きだ」という言葉が口に出ていた。
 だが、彼女は何も言わなかった。
 俺がキスしたことで倒れてしまいやしないかと少しの間その場で待っているのと同時に、心のどこかでは彼女からの返事を待っていた。


「フラれたのかあ……」


 もう一度髪の毛を搔きまわしていると、地面に誰かの影がかかった。


「リーリエ様の血を引く貴方ほどの美男子が、いったい誰にフラれたの?」


 頭の上で、聞き慣れた高い声。
 しゃがみ込んだまま、目線を上げる。


「ヒルデ様。立ち聞きとは人が悪いですよ」
「まあ、随分他人行儀なのね。私たち、幼馴染でしょう? いつも『ヒルデ』って呼んでいたじゃない」
「昔と今は違います。ヒルデ様は国王陛下の摂政を務めるお立場。本来であれば、ヒルデ王女殿下とお呼びするべきところですよ」
「ラルフ、本当にその言葉遣いはやめて!」

 ヒルデはくすくすと笑い、俺の横にしゃがみこんで、俺の両頬をつねって引っ張った。

「いい加減にしろ、ヒルデ」
「ほら! それでいいのよ。他人行儀だと息が詰まるわ」


 四つ年下でいつも子供のように見えていたヒルデも、十九になった。突然の不幸な事故で両親を亡くし、摂政になってから、彼女も大分大人になった気がする。
 いつも俺やロイドのあとを泣きながら付いて来た、あの頃のヒルデとは別人のようだ。


「それで、誰にフラれたの? 髪の毛もぐちゃぐちゃだしクマもひどいし、貴方とっても面白い顔をしているわよ!」
「……」
「分かった! この前手合わせしてもらった時に、ロイドと一緒に見学していたマリネット・ザカリーね?」
「…………っ!」
「だって女嫌いで通っているラルフにとって、唯一近くにいる方って、マリネットだけじゃない」


 ヒルデはにやりと笑い、そのまま立ち上がる。


「そういうことなのね。だからジークの教育係を決める時に、わざわざザカリー家から選ぼうって提案してきたわけだ。ヴェルナーの人間が彼女を推薦するなんて、どうもかしいと思ったのよね」
「いや、あれはマリネットが適任だと思ったからであって……」
「あら、隠さないでいいのよ。それにしても、貴方がマリネットのことを好きだと、ヴェルナー侯爵が知ったらどう思うかしら。あ、ちょうど今からクライン公とヴェルナー卿との会議なの。ジークの婚約者候補の中から、最終候補が決まったのよ」
「……父に変なことを言うなよ」
「あら、変なことって何かしら。貴方がマリネットのことを好きだということは、変なことなの?」


 ヒルデはいつもこうして、俺の弱みを握ったつもりになって色んなおねだりをしてくる。


「変なことを言われたくなかったら、私に協力してね」
「……いつもしてるだろ」
「足りない。全然足りないわ」
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