おひとりさま希望の伯爵令嬢、国王の命により不本意にも犬猿の仲の騎士と仲良くさせられています!
第4章 去る者と追う者

第33話 領地での生活

 夏が過ぎ、私はお祖父様と一緒に領地に静養に出かけた。

 ジーク様の教育係を辞めたいとヒルデ様に伝えた時には、お茶会の成功は私のおかげだとか、お父様とお母様を亡くしたジーク様の支えになってほしいとか、有難いことに何度も引き留めて頂いた。

 ジーク様は私の言葉をよく理解していらっしゃらなかったようで、私がまたすぐに戻って来ると思い込んでいた。もうジーク様の元には戻らないということを、もう一度丁寧にご説明しようと思ったけれど、ヒルデ様に止められてしまった。


『国王陛下には、大切な人との別れを正面から受け止めるのは難しいと思います』

 ヒルデ様のお言葉に、私は胸が締め付けられた。
 ご両親との突然の別れを経験したジーク様が、私との別れをきっかけに、辛い記憶を思い出してしまうかもしれない。そう思ってヒルデ様の仰る通りにし、ジーク様とは笑顔でお別れした。

 ジーク様とヴィアラ様との婚約が成立するなら、私はどう考えてもあの場には邪魔者。フランツ様やジュリア様は私の存在が気に食わないだろうし、そんな気持ちは敏感な子供たちには必ず伝わってしまう。
 みんな仲良くして欲しいと純粋に願っているジーク様の前で、上辺だけを取り繕って仲良くしているフリをするということに、私はもう疲れてしまった。

 教育係を辞めることを伝えてからも、ラルフ様はことあるごとに私に話しかけようとしてくれた。

 けれど、私はフランツ・シャドラン辺境伯から婚約破棄をされた、ジーク様の教育係としても不適格な人材。しかもラルフ様の立場からすれば、目の上のたんこぶのようなザカリー家の人間だ。

 王都を少し離れたかった私は、お祖父様と二人で領地に向かった。
 その昔リーリエ様にこっぴどくフラれたお祖父様なら、何となく私の気持ちも分かって頂けるのではないかと思ったのだけど、どうかしら。


「リーリエ様は、それはそれは美しかったんだよ。まるでほら、馬車の外に見えるだろう、秋の空のように青い瞳をしておった」
「お祖父様。もう何十年前のお話ですか? そろそろリーリエ様のことを諦める気にはなれないのですか?」
「マリネット。リーリエ様は特別だ。墓場までこの憧憬の気持ちは持っていくつもりだよ」
「お祖母様のことは?」
「もちろんターナのことを一番愛しているに決まっとるじゃないか! ただ、リーリエ様は別格。例えるならば心のオアシス、絵画のような芸術作品、暑い夏の夜に飲む冷たい酒……」
「……もういいです、お祖父様」


 領地に向かう馬車の窓から見えるのは、山の斜面に一面黄金色に染まったブドウ畑。ところどころ石造りの家々や倉庫が建っている。


(こんな場所なら、丘の上に夕日が見える家を建てて暮らせそう……先立つものがあればだけど)


「マリネット。もしもここが気に入ったなら、ずっとこっちで暮らしてもいいんだぞ。私とターナもそろそろ完全に領地に引っ込もうかと思っていたところだ。どうせうちのような貧弱貴族には、王都にいたってロクな仕事は回って来ないし」
「お祖父様……」
「ヴェルナーへの対抗心で王都に執着していたが、可愛い孫が笑顔で過ごせるのが一番だ。ここでワインでも飲みながら家族だけでのんびり暮らすのもいいだろう? 」
「もう、お祖父様。私を泣かせるおつもりですか?」
「マリネットはしっかり自分の意見を持って強く生きていける子だ。あんなシャドランとかシャラランとか言うアホみたいな名前の男のせいで、嫌な思いをしながら生きていく必要はないだろう。もしここで誰にも遠慮せずに自分らしく生きていけるなら、王都を離れたっていいんだ」


 自分だってお祖母様がいながら、リーリエ様を追いかけていたくせに……とは思ったけれど、お祖父様のお話はとてもありがたかった。


「アホのシャドラン卿と顔を合わせずにいたら、私の体質も元に戻るかしら」
「ドアホのシャドランのことなんて忘れてしまえばいいんだ。そうすれば必ず治るよ。例え治らなくなっていいじゃないか、お前は変わらず私たちの大切な家族だし、ジーク国王陛下からも慕われていたんだ。みんなマリネットのことが好きで、大切だと思っているんだぞ。あのシャドランの方が頭がおかしいアホなんだ。気にするな」
「そうですね。超絶ドアホのシャドラン卿のことは忘れます」

 一生分くらい「アホ」という言葉を発しながら、私たちは叔父夫婦に任せていた領地に戻ってきた。





「マリネット様! 今日も絵本読みに来てくれるの?」
「あとで行くわ。新しい絵本を持っていくから、楽しみにしていてね!」
「ありがとう、待ってるねー!」


 日課になった朝の散歩の途中で、教会に向かう子供たちとすれ違う。この街ではブドウの収穫期に入り、大人たちは朝早くから畑にかかり切りだ。その間、子どもたちは街の教会に集まって、お勉強をしたり遊んだりして過ごしている。

 私もこの街に来てからは、教会に出向いて子供たちに絵本を読んだり勉強を教えたりして過ごすようになった。

 子供たちと過ごすのは楽しいし、教会にいれば大人の大半はシスターなので男性と接することもほとんどない。自分のコンプレックスを感じることのない生活はとても穏やかで、一日一日がゆっくりと過ぎていく。

 走って教会に向かう子供たちを手を振りながら見送って、ふと空を見上げると、見渡す限りの蒼穹。空の高いところに薄くかかる雲が、秋の深まりを告げる。


(これから何年も、この場所で秋を繰り返すのもいいわね)


 色んなものから逃げて領地にやって来たけれど、この地は私の過去に関わらず、穏やかに私を受け入れてくれている。
 書庫にこもって人を避けるでもない、男嫌いを隠すためにビクビクするわけでもない。

 ただ、私がこれまで頑張ってきたこと、やりたかったこと、ジーク様やメデル王国のためにお役に立ちたいという気持ちを、心の隅にそっとしまって、見て見ぬふりをすればいいだけ。強がる必要もないし、上辺を取り繕う必要もない。

 こうして私は一か月ほど、とても穏やかな日々を過ごした。
 彼が突然、この地にやってくるまでは。
 
< 33 / 48 >

この作品をシェア

pagetop