【コミカライズ】おひとりさま希望の伯爵令嬢、国王の命により不本意にも犬猿の仲の騎士と仲良くさせられています!

第35話 リーリエの孫 ※ラルフside

 ザカリー伯爵にマリネットの婚約を申し込むと、あまりの驚きに伯爵はその場で失神してしまった。
 倒れた伯爵を介抱しようと駆け寄るも、侍女が慌てて呼んで来た伯爵夫人には俺が伯爵を殴ったかなにかと勘違いされ、拳でボコボコに殴られる始末。

 もう、散々だ……。
 あの家には何十年も前の想い人をいまだに追いかけまわす色ボケジジイだけでなく、気の弱すぎる伯爵に、攻撃力の高すぎる伯爵夫人までが住んでいたのか。

 婚約の件は、前伯爵と直接話すように言われた。前伯爵はマリネットと共に領地に向かったとのことだったからちょうどいい。前伯爵に婚約の承諾をもらい、マリネットに求婚する。
 俺のことは好きじゃないとハッキリ言われたくせに、しつこい男だと自分でも思っている。しかし、四年も想い続けて来たのだから、そう簡単に諦められるわけがない。

 それに、もし俺との結婚が無理でも、せめてマリネットには王都に戻って自分のやりたいことを遂げて欲しい。そのためにシャドラン卿が邪魔なら、マリネットがアイツと接することのないようにいくらでも手助けしようと思っている。
 

 だから、安心して王都に戻って来てほしい。そう伝えたくて、俺は結局ザカリー領の街までやって来た。
 王国北部にあるこの街は、少しだけ王都よりも季節が先に進んでいる。秋風がブドウ畑になびいて、さわさわと音を立てていた。収穫期の真っ最中なのだろうか、大人たちは談笑しながら大量のブドウを運んでいる。

 ここに来て、マリネットが以前に言っていたことを思い出した。
 山の斜面に沿って畑が広がっているこの街には、ところどころ小高い丘の上に集落がある。
 ここなら本当にマリネットのイメージ通りの、夕日の見える屋敷が建てられそうだ。ブドウ畑に指す秋の日の夕日は、それはそれは美しいだろう。

 畑の間の細道を馬車で通って収穫を邪魔するわけにもいかず、街の中心部よりも少し手前で馬車を降りた。マリネットが歩いて通ったかもしれない道を、夕日を背にして一人で歩く。

 風も少し冷たくなり、肌寒さでぶるっと震えた。
 遠くから、風車を持って子供たちが走って通り過ぎる。


「あれ? お兄さん、どこからきたの?」
「都の人?」
「どこにとまるの?」

 急に四方を囲んだ泥だらけの顔の子供たちは、とても楽しそうで明るい顔をしていて、こちらも自然に笑顔になった。
 彼らの問いに、その場にしゃがんで答える。


「人を探しているんだ。ザカリー伯爵家のカントリーハウスはどこにあるか知ってる?」
「マリネット様のお友達?」
「カントリーハウスはまっすぐ行ったところだよ」
「もうすぐ夕方で日が沈んじゃうから、早くした方がいいよ」


 子供たちは口々にマリネットの情報を教えてくれる。


「ありがとう。行ってみるよ」
「じゃあ、途中まで一緒に行こー」


 しばらく子供たちと手を繋いで並んで歩きながら、マリネットの話をした。いつも教会で子供たちに絵本を読んだり読み書きを教えているらしい。
 子供好きなマリネットのことだから、きっと領地に来ても子供たちと触れ合っているのだろうと思っていた。
 こんな所に来ても、やっぱり彼女のやることは同じだ。

 ザカリー伯爵家のカントリーハウスにつくと、ちょうど出先から戻ってきたばかりのザカリー前伯爵の姿を見つけた。


(うちの祖母を追いかけまわしてたのはアイツか……)


 ザカリー伯爵にそっくりの情けない顔をしている前伯爵の方に近寄り、帽子を取って声をかける。


「突然失礼します、こちらはザカリー伯爵のお屋敷でしょうか」


 俺の声に振り向いた好色ジジイは、俺の顔を見て震え始めた。もう、ドイツもコイツもやめてくれ。


「君は……! リッ、リーリエっ?! リーリエ様じゃないのか!」


 いやどう見ても男にしか見えんだろう、と心の中で突っ込みながら、俺は目一杯の笑顔を作る。ジジイは目に涙を浮かべながらゆるゆると近寄ってきた。


「き、君はリーリ……」
「ラルフ・ヴェルナーと申します。祖父の代より、大変お世話になっております」

 世話になっていますなんて、ちょっと嫌味だったか。
 しかし間違ってはいない。ヴェルナー家に嫁いだ祖母をいつまでも追いかけ回すのを、こっちはわざわざ相手をしてやっていたのだから。


「リーリエ、リーリエ様……」
「祖母のリーリエには、よく似ていると言われます」
「そうか……君はリーリエ様の孫にあたるんだな。こんなところまで良く来てくれました。リーリエ様……じゃない、ラルフ・ヴェルナー殿と仰ったか」

 ジジイの熱視線がちょっと気持ち悪かったが、俺はジジイ……いや、ザカリー前伯爵に、ここに来た理由を説明した。
 ヴェルナー家の人間からの婚約の申し込みなど前伯爵が許すまい、ザカリー伯爵からはそう牽制されていた。しかし、マリネットと結婚したいという気持ちを誠意をもって伝えるしかない。

 俺はしっかり頭を下げて頼み込んだ。
 マリネットと結婚したいのだという気持ちを、丁寧に伝える。


「うっ……(グスッ)……」


 前伯爵はハンカチで鼻をかみながらポロポロと泣き始めた。


「マリネットは、多分普通の結婚はできますまい。私があの頭のおかしなシャララン辺境伯との婚約を認めてしまったばかりに……」
「その件は全て存じ上げています。彼女がそもそも男性を苦手としていることも知っています」
「それでもラルフ殿は、マリネットに求婚したいと?」
「はい。四年前からずっとマリネット嬢のことをお慕いしておりました」

 俺の言葉を聞いて前伯爵はもう一度涙を拭い、そして俺の方に向かってしっかりと目を見開いた。
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