【コミカライズ】おひとりさま希望の伯爵令嬢、国王の命により不本意にも犬猿の仲の騎士と仲良くさせられています!

第36話 現れた不機嫌騎士

 カントリーハウスの裏手の小高い丘からは、夕日がよく見える。
 老後はここで過ごそうと思っていたのだけど、思ったよりもここに少し来るのが早くなってしまった。

 どうせここまで早く来るのなら、婚約破棄をされた時にすぐに領地に戻っていればよかったのかもしれない。
 たくさん本を読んで勉強して、それを子供たちに教えたいという夢。私が教えた子供たちがこの国で活躍していく姿が見られたらという夢。それを叶えたくて、未練がましく王都に残ってしまったのが全ての間違い。
 自分の体質や過去のトラウマと共存しながら、何とかやっていけるかもしれないと思ったのは私の甘い考えだった。結果的に、国王陛下の教育係をすぐに辞任して多大なる迷惑をかけてしまった。

 この街でも、子供たちに読み書きを教えたりすることはできる。領地経営は叔父様夫婦やお兄様がなさるだろうけど、家族の邪魔にならないように、この丘に小さな家を建てて慎ましく暮らすくらいだったら、きっと私一人にもできる。


(よし、そうと決めたら頑張らないと)

 心に引っかかる何かに気付かないフリをして、私はもう一度夕日を眺める。

 王城の庭園からの夕日も美しかった。なぜかいつもラルフ様と眺める羽目になっていた気もするけれど。

 その時、背後から、小さな足音が聞こえた。
 振り返ると、どうしたことか、今思い出していたばかりの彼の姿があった。


「……ラルフ様!どうしてこんなところに?」

 丘を駆け上がってきたのか、少しだけ息を切らせたラルフ様は、焦った様子でずいずいとこちらに近付いて来る。

「ザカリー前伯爵に、君がここにいると聞いてきた。詳しい説明はあとだ。君はいつも話をはぐらかすから、まずは結論から言ってもいいか?」
「え? 結論? ちょっと待ってください。息を切らせて現れたばかりで、用件だけ言うの? 唐突すぎませんか?」
「おかしいのは分かってる。でも、また俺の話を聞かなかったことにされたら困るから」
「もう、何を仰ってるんです?」

 こちらの都合も考えずに開口一番さっさと用件を言おうとするラルフ様に、私はとまどいを隠せなかった。まずは順を追って、王都から離れたザカリー領に突然現れた理由を教えて欲しかったのに、ラルフ様の真剣な眼差しに圧倒されて言い出せない。

「……まあ、いいです。分かりました。ご用件をどうぞ」
「王都に、戻って来て欲しい」
「……は?」

(まさか、私を呼び戻しに来たの? 誰かに頼まれた?)

「戻ってきてくれ。ジーク様の教育係としてでなくてもいい。俺のために戻ってきてくれ」
「ラルフ様のために?」
「四年前に初めて君を見た時から、心から君の存在が消えなかった。何度伝えても俺の話をなかったことにされるから、何度でもしつこく伝えにきている」

 あの日、私がフランツ様にプロポーズされた夜会のバルコニーで。
 ちょうどその場にラルフ様が居合わせたと聞いた。何度か私のことを好きだとは言われたけれど、四年も前、そんな当初から私のことを好きになる理由なんて一つも思い当たらない。

「……な、なんでそんな時に私のことを?」

(他人にプロポーズされてる女に惹かれるなんて、これはもう完全に変態じゃないの)

「年上のシャドラン辺境伯に対しても、負けずに自分の意思をしっかりと強く返していたところ。それがきっかけで、君に惹かれた」
「……」
「その後、シャドラン辺境伯から婚約破棄されて、君が屋敷に引きこもっていると言う話も聞いたんだ。なぜ君があんな男のせいで未来を奪われなければならないのかと悔しかった」
「……同情ですか」
「同情なんかじゃない! 君は強く一人で生きようと、ジーク様の教育係を全うしようと、王城にやってきた。自分の過去を乗り越えようとしていた。やっぱり俺が思った通りの、強い女性だったんだと思った」
「私はどこまで強くないといけないんですか? 私だって本当は、過去を乗り越えて自分のやりたいことを成し遂げたかったです。おひとりさまでも、強く生きていくつもりでした。でも、言ったでしょう? 疲れたんです。一人で戦うのに、疲れたんです」

 私は捲し立てるようにラルフ様に噛みつく。強い女性がお好きなら、こんな心の折れたネガティブな女性はお嫌いでしょう?

「マリネット、一人で生きていくことが悪いとは言わない。だけど、君が何にも怯えることなく本来の生き生きとした姿で過ごす未来を、俺が近くで見たいんだ。だから、王都に戻って来て欲しい」
「王都に戻って、どうするの? ジーク様の教育係は、私にはもう務まらないと思います」
「王都に戻って、俺と結婚してほしい」
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