おひとりさま希望の伯爵令嬢、国王の命により不本意にも犬猿の仲の騎士と仲良くさせられています!

第37話 プロポーズの返事は

「王都に戻って、俺と結婚してほしい」

 ラルフ様は私の目の前に立ち、真っすぐに私を見つめて言った。
 二人の距離が近すぎて、私は上背のあるラルフ様を見上げるかたちで立ち尽くす。この状態で目を逸らせば、あからさまに彼の言葉を拒否しているように捉えられるような気がして、私は無言のままラルフ様の潤んだ瞳を見つめていた。

 少し頭を整理して、何とか言葉を紡ぎ出す。

「……私と結婚したところで、私はラルフ様に触れることすらできないです」
「それならそれでいい。少しずつ、俺は怖くないっていうことを証明しながら待つよ」
「待つって……五年とか十年とか、もしかしたら一生かかっても治らないかも」
「早く治るように努力する」

 私の質問に対して迷いなく答えるラルフ様を見ていると、もしかしてこの人は本気で私を何年も待つつもりなのかもしれないと怖くなってしまった。
 他にも貴族のご令嬢は沢山いるし、わざわざヴェルナー侯爵家に要らぬちょっかいを出すような下位貴族の家と婚姻を結ぶ必要なんてないのに。私と結婚しなくても、ラルフ様が幸せになる道などいくらでもある。

「ラルフ様が努力してどうするんですか……私なんかのために。それに、ヴェルナー侯爵家の皆様が許しませんよ。ザカリー家の娘との結婚なんて」
「もし反対されたら、ヴェルナーの家とは絶縁するから問題ない」
「ええっ?! ラルフ様、侯爵家のご嫡男でしょう? 絶縁なんてとんでもないです!」
「別にいいだろう。それとも、マリネットは俺が貴族じゃなかったら結婚してくれないのか?」
「そういうことじゃなくて!シャドラン卿は、伯爵家よりも公爵家の方が良いと言ってあっさり去りましたよ。むしろそれが普通です。それなのにラルフ様は、爵位を捨ててまで……?」
「守りたい人を守るのが、騎士の使命だ。俺は大切なマリネットを守るためなら爵位など不要だ」


 いつの間にか日は山の端に沈み、空は茜色から紺色に変わっていた。ひんやりと風立つ丘の上にも夜が迫り、私はラルフ様に何か返事をしなければと焦る。

 ラルフ様と手を繋いだり、目隠しをしてダンスをしたり。
 今までの私では考えられなかったようなことが、少しずつできるようになっている気もする。目隠しをしてダンスをしたあの日、私は男性に触れる恐怖よりも、むしろ安心感を覚えたような気もする。

(ラルフ様を信じて、私のことを待ってもらってもいいのかな……)

 答えられずに黙り込む私を急かすことなく、じっと待ってくれているラルフ様を見ていると、心が揺れた。


「ラルフ様、私……」


 意を決して私が口を開いたその時、カントリーハウスの方から息を切らせて走ってくるお祖父様の叫び声が耳に入った。


「マリネット! 大変だ!」
「お祖父様、どうしたの? そんなに走っては危ないわ」
「マリネットに急ぎの報せだ、これを見てくれ……!」

 お祖父様の手には、ぐちゃぐちゃになった封書が一通握られている。私が直接受け取るのを躊躇していると、ラルフ様がお祖父様の手の中から封書を引き抜き、その場で封を開いた。


「ラルフ様、どこからの報せですか?」
「……ヒルデからだ」
「ヒルデ様から? 城で何かあったのでしょうか」


 書かれた文字を目で追いながら、ラルフ様の表情がみるみる曇っていく。


「何と書いてあるのですか? ラルフ様、悪い報せでしょうか」
「……」
「ラルフ様!」


 ラルフ様は封書を閉じ、小さく呟いた。


「ジーク様が、倒れたそうだ」
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