おひとりさま希望の伯爵令嬢、国王の命により不本意にも犬猿の仲の騎士と仲良くさせられています!

第39話 婚約の行く末


 ヒルデ様は、慌てて礼をする私の側まで来てニッコリと微笑む。

「マリネット、お帰りなさい。ラルフと上手く行ったかしら?」
「?!」
「あなたの個人的なご事情は、もちろん私の耳にも全て入っているのよ。そろそろラルフがプロポーズした頃かしらと思って、貴女が王都に戻って来るための後押しをしてみたの。ジークが倒れたなんて嘘をついてごめんなさいね。その様子を見ると、プロポーズは上手くいったみたいね!」


 無邪気に微笑むヒルデ様の視線は、私たちの手に注がれている。ふとヒルデ様の視線の先を見ると、私たちの手はまだしっかりと繋がれていた。二人して慌てて手を放し、お互いから一歩離れる。


「ヒルデ……。それにしてもジーク様の体調を偽るなど、不謹慎だぞ。変な噂が広まったらどうするんだ」
「あら、それもそうね。ごめんなさい。でも大丈夫よ、近いうちにジークの正式な婚約を発表する夜会を開くつもりなの。ジークの元気な姿を皆に見てもらえるから、きっと変な誤解なんて起こらないわ」


 ヒルデ様は床のおもちゃで遊んでいるジーク様の頭を撫でた。その横ではイリスが、積み木で作ったドミノを倒して思い切りガッツポーズをしている。


(ジーク様がご病気やお怪我でなくて良かったけれど……。私がここに戻ったところで、結局は何も変わらない)


 ジーク様の正式な婚約発表をするということは、シャドラン辺境伯と王家の関係がこれまで以上に深まるということだ。その状況に耐えられなくて教育係を辞任したのに、私がここに戻っても意味がない。
 また同じことの繰り返しになるだけなのだ。

 私の不安な気持ちが顔に出てしまっていたのか、ヒルデ様が慌てて立ち上がり、私たちを椅子に座るように促した。


「マリネット。私たちは貴女の仕事ぶりを買っているし、ジークにとって貴女は無くてはならない存在よ。今はこうして無邪気に遊んでいるけれど、時々貴女のことを思い出しては泣きじゃくって大変だった」
「ヒルデ様。申し訳ありません。でも、ジーク様もきっと、次の教育係の方にすぐに慣れます」
「ねえ、マリネット。もう一度ジークの教育係として、戻ってきてくれないかしら。みんな貴女のことを待っているのよ」
「でも、私は……」
「シャドラン卿のことなら気にしないで。ジークとの正式な婚約はしないつもりよ。貴女の心配ごとは無くなる。だから、これからもここで働いてほしいの」


 聞き流しそうになるほどサラっと発したヒルデ様の言葉に、私もラルフ様も目をぱちくりとしながら顔を見合わせた。
 ――ジーク様との正式な婚約を、しないですって?

「ヒルデ様。ジーク様とヴィアラ・シャドラン様の婚約は、結ばないということでしょうか?」
「そうなの。実はシャドラン卿に重大な問題が発覚してね。それに、見たでしょう? ジークがやけに貴女の妹のイリス嬢を気に入って、とても仲良くなってしまってね」


 イリスはジーク様の手から積み木を奪い、またドミノを作り始めている。積み木を奪われたジーク様は、今にも泣きそうな顔をしていた。

「ねえイリス、積み木取らないでよ」
「は? イリス積み木なんて取ってないよ」
「今、僕の手から取った!」
「取ってませーん! いつ取ったのよ? 何時何分何秒? 地球が何回まわったとき?!」


 ……。

 これ、仲良しだと言える?


「ヒルデ様。相変わらず私の妹がご迷惑をおかけしているようで申し訳ございません」
「ヒルデ、シャドラン卿の重大な問題とは? 俺たちが王都を離れている間に、何か起こったのか?」


 ヒルデ様はジーク様とイリスからこちらに視線を戻し、いったん口を噤んだあと、シャドラン卿の過去について話し始めた。



 
< 39 / 48 >

この作品をシェア

pagetop