【コミカライズ】おひとりさま希望の伯爵令嬢、国王の命により不本意にも犬猿の仲の騎士と仲良くさせられています!

第42話 私らしく

 私とラルフ様がいつも二人で夕日を眺めていた庭園の側には噴水がある。

 季節は秋。夕方になると、噴水の水は手がかじかむほどに冷たい。ジーク様とイリスは二人並んで噴水の水に指を入れ、冷たい水の感触を楽しんで騒いでいる。

 ふと横を見ると、ラルフ様と目が合った。

「今日のあいつの話を聞いて分かっただろう? 君が婚約していたあのシャドランは、とんでもなく最低なヤツだ。そんな最低なヤツに振り回されて男性恐怖症になるなんて、バカらしいと思わないか? 克服して見返してやればいい」
「そうですね。あのままシャドラン卿に会いに行かずに終わらせることもできたけど、勇気を出して会ってみて良かったです。本当に最低な人だって分かったし、私は胸を張って堂々と生きていっていいんだって、そう思えました」
「それは良かった。髪を引っ張られて痛かっただろう。もう少し早く出て行って殴ってやるんだったな」
「ラルフ様、助けてくれてありがとうございました。一人だったら、多分思い切り殴られていたと思います」
「シャドラン卿はカップの破片でケガをして痛そうだったけどな」
「……あれは、自業自得ってことで」

 清々しい気持ちで夕日を見つめた私の顔の前に、ラルフ様が手を差し出してくる。
 俺の手を握れとばかりに左手をひらひらと揺らすラルフ様がおかしくて、私はクスっと笑ってしまった。


「おい、何がおかしいんだ」
「だってラルフ様ったら、どれだけ私と手を繋ぎたいのかなって……」
「手を繋ぎたいどころか、俺は『結婚して欲しい』と言ったんだぞ」
「はいはい、そうでした」


 一度王都を去って、ラルフ様が迎えに来てくれて。
 ジーク様が倒れたなんて嘘の情報に惑わされたりしたけれど、ラルフ様と出会ってから今日この瞬間まで、私にも思うところは色々とあった。

 おひとりさまで生きていく! と決めていたはずなのに、ラルフ様の手を握ったりダンスをしたりした時に、安心感に包まれたことは事実だ。何だか自分の気持ちに負けたようで悔しいけれど、ラルフ様の隣にいることは決して嫌じゃない。
 ラルフ様からのプロポーズの言葉は、絶対に嘘じゃないと信じられる。

「今日、シャドラン卿と向き合ってみて良く分かりました。私は人に恥じるような生き方はしてこなかったし、これからも絶対にしたくありません。きっと、男性恐怖症の私が男性を好きになるとすれば、相手もそういう人だと思います」
「そうか」
「……よく考えたら、夫を陰から支えるなんて、私にそんな殊勝なことができるはずなかったです。私自身が体や頭を動かして働くからこそ楽しいんだもの。ああ、本当にシャドラン卿なんかと結婚しなくて良かった!」
「それなら、俺はうってつけの相手じゃないか。俺と結婚すれば、共にジーク様のために働ける。君が君らしく、やりたいことをやればいい」
「……それもいいですね」


 私の言葉が、ラルフ様の気持ちに対するお返事になっていないのは分かっている。
でも私は、ラルフ様のプロポーズを受けるかどうかの返事をする前に、まずは自分がどうやって生きていきたいのかをきちんと伝えたい。

「ラルフ様。もし皆さまが私のことを許してくれるなら、今度こそ私、ジーク様の教育係に戻りたいです」
「決まりだな。全員がマリネットのことを待っている」
「ありがとうございます! また一緒に、仲間に入れてください」


 私は自分からラルフ様の左手をそっと握った。
 ラルフ様は私が握っているのと反対側の手で、私の髪を撫でる。まるで、さっきシャドラン卿に引っ張られて乱れた髪を整えるように。
 その手の優しさに、シャドラン卿に触られた時の恐怖や嫌悪感が嘘のように消えていった。


「ねえねえ、マリネット!」
「あら、ジーク様。失礼しました。どうされましたか?」
「僕ね、イリスと結婚してもいい?」
「ええっ? イリスと! ……本当にイリスでよろしいのですか? ゆっくりお考えになってください」
「ううん、もう決めた! イリスはとっても面白いから、絶対結婚したいの!」


 私にニコニコと報告するジーク様の向こう側で、当のイリスは靴に噴水の水を入れて楽しそうだ。彼女をどう教育すればジーク様にふさわしいレディに育つのか、私には全く見当がつかない。

「あと、僕とイリスは結婚するから、マリネットとラルフも結婚してね」
「ジーク様?! 私たちが結婚するかどうかは、ちょっと別問題で……」
「おい、マリネット。国王陛下の命令は絶対なんだ。もう俺たちは結婚するしかないな」
「また罰ゲームですか……」

 罰ゲーム、とは言ったけど、ラルフ様との結婚は決して罰ゲームなんかじゃないのはちゃんと分かっている。

 私のことを理解して支えてくれる唯一の人。
 私が自分らしく生きていく、その横で寄り添ってくれる人。

 私の心は、いつの間にか決まっていた。
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