おひとりさま希望の伯爵令嬢、国王の命により不本意にも犬猿の仲の騎士と仲良くさせられています!

第5話 やっぱり大嫌い!

「ほわぁ、いい香り……」
「おい、間抜けな声を出すな。城の中だぞ」
(あー……まずい。庭園から花の香りが流れてきて、ついつい油断してしまった)

 今の私は、宿敵ヴェルナー家のラルフ・ヴェルナーに王城内を案内してもらっているところ。
 これから国王陛下の教育係として城で過ごすにあたり、陛下の普段過ごされている場所を頭に入れておくための王城一周ツアー中。
 案内人が、この不機嫌かつ失礼な護衛騎士っていうところだけは残念だけど、これまで入ったことのない王城の奥の方まで入ることができて、とっても楽しい!

 特に、春の花が咲き乱れる庭園は絶景中の絶景。
 これまでも王城を訪ねた時に庭園を目にすることはあったけれど、城の裏にもこれだけ美しい庭園が続いていたなんて!

 視覚で楽しむ花はもちろん素敵だけど、あっちに咲いているテフィラの花は蜜が美味しいし、垣根の下に生えているカリンスタの茎の汁はケガの傷口に塗ると効果抜群。
 国王陛下には机上の勉強だけではなく、こうして外の世界に目を向けてたくさん知識を吸収して欲しいと思っている。

(何年も引きこもっていた私が偉そうに何を言っているのって感じだけどね……)

 問題は、外の世界に出て行くとなると、もれなくこの不機嫌顔の護衛騎士が付いて来ることになることだ。
 ザカリーの人間として王城に来ている手前、できればヴェルナー家の人とは長い時間を共に過ごすことは避けておきたかった。国王陛下の教育のことを優先的に考えれば、それも仕方がないのだけど。

 祖父母の代のゴタゴタに振り回されて自分までヴェルナー家と敵対するつもりは毛頭ない。この人の失礼な振る舞いには腹が立つけれど、怒りの感情は自分の中だけにおさめておこう。そうすれば、表面上だけでもこの人と上手くやっていけるかもしれない。

 私は大きく息を吸い、後ろにいるラルフ様の方を振り返った。

「……なんだ?」
「ご相談があります」

 ラルフ様はまた少しだけ眉をひそめた。

「ご存知の通り、我がザカリー伯爵家とラルフ様のヴェルナー侯爵家は、先代の頃からあまり良い関係ではありません。だからと言って、ラルフ様と私の関係までそれに振り回される必要はないのでは?」
「どういうことだ?」
「私がザカリー家の者だからと言って、そのように不機嫌な顔で接するのはやめていただきたいのです。ジーク国王陛下の前でもその顔をなさるおつもりですか?」

 陛下のお名前を出したからか、ラルフ様の表情が少し和らぐ。
(ふふ、この男もきっと、陛下の天使のような可愛らしさの前にはメロメロなのね)
 そんな表情を見ていると、少しこの不機嫌騎士のことも可愛く思えた。

「…………」
「あ、別に私と仲良くしてくださいとは申しておりません。陛下の近くにお仕えする者が大人気(おとなげ)なく敵対心をむき出しにして過ごすのは、陛下の教育上良くないと思いませんか? ですから、お互いに気に入らないことがあれば正々堂々と戦いましょう!」
「正々堂々と?」
「はい。私に対して腹が立つことがあれば、表情ではなく言葉に出して仰ってください。私もそう致します。それで前向きに解決していきましょう。一緒に働くんですもの、お互いに腹の立つことはたくさんあると思います。でも、毎度きちんと言葉にして伝え合うのです」

(――長い付き合いになる相手だからこそ、きちんと腹を割って接するべきよね。私、良い提案をしたと思うわ!)

 私の提案に対してどう答えてくれるのか、彼の顔をじっと見て待つ。しばしの沈黙の後、ラルフ様はふっと苦笑した。
 
「なるほど」

(あ、分かってくれたんだわ。良かった! これからは不機嫌な顔をする前に、ちゃんと何が気に入らないのか言ってよね!)

「ラルフ様、ありがとうございます。それではこれからは、お互いに腹を割って‥…」
「残念ながら」
「え?」
「君は、お互いに腹の立つことがたくさんあるだろうと言ったが、俺は君に対して腹が立つことなんて一つもない」
「へっ……?」

 面喰らった私の心中をよそに、ラルフ様はさも面倒くさそうに回廊の手すりにもたれかかった。 

「――だって、ラルフ様はずっと不機嫌だし、私のこといつも睨んでくるじゃないですか!」
「人の顔を見て勝手に不機嫌だと決めつけるなど、君こそ失礼じゃないのか。そもそも陛下のことを何一つ分かっていないド新人に腹を立てたところでどうなる。俺はヴェルナー家とザカリー家の諍いになんて全く興味がない。故に君に対して腹も立たない。俺のことを不機嫌不機嫌とうるさいが、俺の顔は元々こうなんだ。別に君を睨んでいるわけじゃない。残念だったな」

 開いた口がふさがらない私に「早く次へ行くぞ」と言って、ラルフ様はさっさと歩き始めた。置いて行かれた私の方は、頭の先から足の指の先まで怒りでプルプルしている。

(前言撤回! 表面上だけでも上手くやろうと思ったけど、こっちから願い下げだわ!)

――やっぱり、アンタなんか大っ嫌いよ!!
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