追放聖女はスパダリ執事に、とことん甘やかされてます!

わたしのだから

 街に着くと、ヘレナは小さな教会へと向かう。休日ではない今日も、礼拝堂にはお祈りを捧げる人が複数訪れていた。


「ヘレナさんは熱心ねぇ……若い人はあまり教会に来ないのに」


 先日顔見知りになった老婦人がそう言って微笑む。
 信仰心の薄れつつある昨今、ヘレナの年齢で教会通いをするのは珍しいことらしい。お祈りよりも他に、することが沢山あるからだ。


「幼い頃からの習慣なんです。来ないと何だか落ち着かなくて」


 言いながらヘレナはそっと首を傾げる。
 祖国にいた時は教会ではなく神殿に通っていた。極稀に屋敷を出られない日もあったが、それ以外は神殿で聖女の祈りを捧げ、礼拝に訪れた人々の話を聞く。今は個人的にお祈りを捧げているだけだが、欠かすと非常に落ち着かないのである。


「あらあら、偉いわねぇ。
私はね、ここ数年、年齢のせいか膝がひどく痛むのよ……。昔みたいに自分で色々な場所に行きたいのだけど、この足じゃどうにも難しくてね。自分で来れる場所と言ったら、すぐ近くのこの教会ぐらい。だから、俗で申し訳ないと思いつつ、神様にお祈りしているの。死ぬ前にもう一度だけ、私を遠くに連れて行って――――ってね」


 そう言って老婦人は寂し気に笑う。叶わぬ願いだと思いながら、何かに縋らずにはいられなかったのだろう。


「そうですか」


 ヘレナは老婦人に断りを入れてから、そっと彼女の膝に触れる。その瞬間、ヘレナの手のひらがじわりと温かくなり、ほんのりとあかりが灯った。老婦人は目を丸くし、自分の膝を凝視する。ややしてヘレナが顔を上げると、彼女は大きく息を呑んだ。


「まぁ……! まさか…………本当に?」


 老婦人は痛みのなくなった膝とヘレナとを交互に見ながら、涙を目に溜め身を乗り出す。ヘレナはふふ、と微笑みつつ「良い旅を」と口にする。老婦人はコクコクと頷きながら、ヘレナの背を見送った。


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