あの日の素直を追いかけて

第11話 一人暮らしにしては揃ってない?




 朝、目を覚ますと隣の布団はもう畳まれていた。まさか何も言わずに出ていったんじゃないだろうな? 慌てて飛び起きると、キッチンに由実が立っていた。

「おはよう」

「おはよ。悪いな、作ってもらっちゃって」

「ううん。泊まらせてもらってるんだし。何かお役に立たないとね」

 勝手の違う台所では苦労したかもしれないのに、和風の朝食を用意してくれていた。

「今は日本食の材料も手には入りやすくなったから、結構作るんだよ。ネットでオーダーする事もできるしね」

 俺の家族も生活していた当時、日本食を手に入れるのは苦労していた。

 お米も日本米に近いカリフォルニア米は近所では手には入らなかった。

 車で時々買い出しに出ては、まとめ買いをしていたっけ。



 この日は、近所の大型スーパーに買い出しに行くと決めていた。

「本当に大丈夫だよ?」

 由実を乗せて駐車場に入れる。

「だってさ、さすがにずっとシャンプーとか男性用ってわけに行かないぜ」

 普段から使っている現地のシャンプーは手には入らないので、実家で使っているものを選んでもらった。

 あとは箸やコップ、お茶碗などの食器から、寝るときのスウェットではなく、パジャマやスリッパなどの衣料品も追加した。

「なんだか悪いよ」

「いいって。1週間だとしても自分専用があったほうがいいじゃん?」

 最後に食料品売り場を回って、冷蔵庫の中を買い込んだ。

「なんだか、これから同居が始まるみたいだね」

「またむこうに帰っちゃうんだろうけど、佐藤が戻って来られる場所を作っておきたくてさ」

「ありがとう……。やっぱり波江君は昔と変わっていなかったな」

「それって、成長してないってことじゃねーか?」

「もお。そうじゃないって分かってるでしょ?」

 荷物を片づけながら、その日は午後も過ぎていく。

「ごめんな。なんか手伝ってもらっちゃって」

「いいの。なんかね、変だよね。でも、こういう作業とか風景に憧れてたっていう私もあったりして」

「そうなんだ」

 彼女の荷物と、買ってきたものを片づけ終わる頃には日も西に傾いた。夕食を終えて、ぺたんと座り込んだ由実。

「ねぇ、一つだけ聞いてもいい?」

「うん?」

 昨日と同じように、先に風呂に入ってもらい、新しく下ろしたパジャマ姿。

「波江君は今は誰ともお付き合いしていないの?」

「ずいぶんストレートだなぁ。うん、今は誰もいない。なんか気づいたんか?」

 由実が時折見せる不安そうな表情の原因はそれだったのか。

「ほら、予備のお布団があったり、お皿とかも男の人の一人暮らしにしては、可愛いので揃えてあったり。やっぱりそういう特別な人がいるのかなって」

 なるほど。一人暮らしの男所帯であれば、お皿なども100均などのもので数枚あればいい方だ。

 我が家の場合、高級ブランドものではないものの、同じシリーズの食器で枚数も揃えてあり、そういった趣味でもなければ誰かの影響があったと思って自然だ。

「隠す必要もないけどさ。以前はいたよ。大学の後輩でさ」

 学生の時、講師のアシスタントをしていた事から、担任に面倒を見てやって欲しいと頼まれた子がいた。

 一緒に宿題を見てあげたり、レポートの作り方などを教えているうちに、必然的に距離も近くなった。

「その頃に集め始めたやつがきっかけ。でもさ、こっちに引っ越す前に別れちゃったし」

「そうなの?」

「本当は一人暮らしも、もっとそいつと近いところでしていたんだよ。でも、別れたなら都内の高い部屋にいる必要ないし、居心地だって良くないじゃん。それで転勤を理由にしてこっちに越してきたんだ。新しい住所も教えてこなかった」

 まだお互いの関係が破綻する前、ある程度の将来を見越して買っていたものが我が家には多い。由実か指摘していた食器だけでなく一人暮らしにしては大きめの冷蔵庫や洗濯機などもその名残だ。

 でも、そのおかげで今回のような話が突然持ち上がっても慌てる必要はなかったから。

 
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