身代わり花嫁として嫁ぎましたが、どうやら旦那様も身代わりのようです?
第1章 身代わり花嫁は愛されない

第1話 君を愛するつもりはない

 王都から遠く離れた北の大地、ロンベルク辺境伯領。

 そこに住むリカルド・シャゼル様に嫁ぐためにやって来たのに、旦那様は結婚式に現れなかった。

 身支度を終え、夜着に着替えた私は寝室で待つ。しかし結婚式にすら現れなかった旦那様が、寝室に来るわけがない。一人で眠ろうと寝台に腰かけたその時、部屋の外から旦那様の訪れを告げる侍女の声がした。

 扉が開き、見知らぬ男が入って来る。
 きっと旦那様だろう。
 結婚式にも来なかったのだのだから、相手の顔など知るわけがない。

 彼はただの『見知らぬ男』。

 灯りを落とした薄暗い寝室の中では、窓から差し込む満月の光だけが頼りだ。
 月光に照らされて浮かび上がるその人は、亜麻色の髪にサファイア色の瞳。いかにも女好きしそうな風貌の彼は、私を見るや否や口を開いた。


「俺は君と結婚したが、君のことを愛するつもりはない」


 ああ、そういうことなのね。
 本当は妹のソフィに来た縁談だったはずなのに、私に押し付けた意味がよく分かった。

 噂に違わぬ奔放な男。色んな女性をとっかえひっかえしているという女グセの悪さは、この辺境の地から王都まで広く知れわたっている。突然連れてこられた見ず知らずの伯爵令嬢をたった一人の妻として、大切にしようなどと考えるはずがない。


「――愛するつもりがないとは、どういうことでしょうか」


 月光を背に受ける私の顔は、旦那様からは見えないだろう。一体私が今どんな表情をしているのか、自分でも想像できない。

 悲しみ? 怒り? それとも……

 旦那様が寝台の横を通り過ぎ、窓から月を見上げる。満月を見上げながら大きくため息をついた。

 そして私の方を振り返り、私の質問に対する答えを口にする。


「何度も言わせないでくれ。俺は君のことを愛するつもりはな……い……かもよ? 今のところは」



 ん? 今の……ところは?


「旦那様、今のところは、と言うと、そのうち愛するようになる可能性があると言うことですか?」
「…………」
「…………」
「……そう聞こえたか?」
「はい。そこ、結構重要ですのでハッキリと確認させて頂きたく」


 初夜に旦那様から愛するつもりはないと言われたこっちの方が驚いてしかるべきなのに、なぜだか旦那様の方もかなり狼狽している。


「とにかく、当面君のことを愛するつもりはないから、寝室も別にさせていただく。ゆっくり寝てください。それでは」


 そう言って、旦那様は私の寝室を出て行った。

『今のところは』『当面』妻を愛するつもりはないらしい。
最後、部屋を出て行く時に、急に丁寧語になったのはなぜ?

 この結婚……もしかして裏に何かあるのでは?
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