もう一度、君を待っていた【完結】
episode5
♢♢♢

ゴールデンウィークは塾のある日が多かったから結局朝陽君と遊ぶことが出来たのは、映画を観に行ったあの日だけだった。
それでも、またあのカフェに行ってケーキを食べる約束をしたし、一緒に勉強をする約束もしている。
それに、学校へ行けば彼に会える。鬱屈した日常が一変したのは彼の存在が大きいと思う。
友達は未だに彼しかいないし、彼がいなかったら基本一人ぼっちなのは変わらない。だけど、それでも学校へ行く意味が、理由が見つかった。
朝起きて朝食を食べ終えるとすぐに制服に着替える。もう少しで夏服に変わる。でも、もうそれなりに気温が高いからブレザーは着ないで既定の白い長袖のブラウスに腕を通し、そのまま家を出た。背中越しに母親が何かを言っているようだったけど、朝から嫌な気分になりたくない私は聞こえないふりをして家を出た。

明日は、三者面談だ。

休み明けの学校はひどく緊張するし、胃が重くなる感覚がする。いじめがぴたりと止むとは思えないでいるからクラスのドアを開けるたびに手が微かに震える。またいついじめられるのか、と思うと怖くてたまらない。
でも、今ここにいるのは朝陽君におはよう、そう言いたくて彼と話したくてここにいる。
既に開いているドアを一瞥して足を踏み入れようとすると、背後で私を呼ぶ声がした。

「みずきちゃん」

私は振り返った。そこには、普段はまりちゃんたちと一緒にいる友人たちがいた。
美里ちゃんと、茜ちゃんだ。美里ちゃんはツインテールがよく似合う可愛い感じの女の子で成績は普通だけど運動神経がよくて体育では常に活躍している。
対して茜ちゃんは、ショートヘアで活発な印象があるけど成績は上位で定期試験の結果が張り出されるとだいたい名前がある。部活動はバスケ部だったと思う。
2人が私に何の用だろう、そう思って肩にかけてあるスクールバックを強く握った。

「ねぇ、まりってひどいと思わない?」
「…え?まりちゃん?」

何を言われるのかと思ったら、まさかのまりちゃんのことだった。まりちゃんは今日はまだ来ていないのだろうか、肩越しで確認するけどぱっと見たところまだ来ていないようだ。
私はごくり、唾を呑み込んで首を横に振った。

「ひどいのはそうだけど…」

何が言いたいのか輪郭がぼやけてつかめない。ニヤ付きながら話す彼女たちは、何が言いたいのだろう。

「だってずっといじめてたじゃん。よかったら私たちと友達にならない?一緒のグループに入ろうよ」
「…っ」

それは、あまりにも想定外で同時に“いじめてじゃん”というセリフで彼女たちにとっては自分は関係なくて全部まりちゃんがやっていた、まりちゃんのせいだ、そう思っていることを知った。
そっか、当事者意識が全くないのだ。朝陽君の言った通りだった。急に湧き上がる怒りに似た感情が胸の中を燻っている。

「ね?仲良くしようよ」

声が喉の奥から出てこない。食道がきゅうっと縮まるのを感じる。

うん、そう頷くのが一番楽な選択だと思う。でも、それって私の感情を、気持ちを置き去りにしてはいないだろうか。
私は、今、どんな選択をするべきなのだろう。どうしたら後悔しないのだろう。そんなことは、わかりきっていた。波多野君の笑顔が脳裏に浮かんで、私は息を吸った。

「ごめんなさい。できま、せん」

一瞬で彼女たちから笑みが消え、すぐに眉をひそめ私を睨む。心外だ、とでも言いたげな目から私は自分のそれを逸らさない。

「そもそも、私からすると…美里ちゃんも茜ちゃんも同じです。私を…いじめてたのは変わらない。中心になってたのはまりちゃんかもしれないけど…―」
「はぁ?私たちは何もしてないじゃん。何それ。人がせっかく誘ってやってんのに。ずっと一人で惨めだからって優しくしてやってんのに」
「惨めなんかじゃないっ…」

怒るつもりなどなかったのに、ふいに出た言葉は思ったよりも大きくて廊下に響いていた。他クラスの生徒が通り際に私を驚くような目を向ける。


「惨めなんかじゃない…一緒にいたくもない人と嘘の友達ごっこなんかできない」
「ちょっと、さっきからふざけんのもっ…」
「だって、そうじゃない!本当の友達ならまりちゃんのことを気にかけたりするのに全然しない。気に掛けるどころか私を同じグループに誘って今度はまりちゃんを仲間外れにするつもりなんじゃないの…私と仲良くなりたいなんて思ってないでしょう?」

二人の顔が引きつっていた。悔しそうに歪む顔は、先ほどよりも覇気が失われているように感じた。
まりちゃんに向かって自分の気持ちをぶつけたときと同じように、言いたいことを言った。
もちろん全部じゃない。それでも、私は震える唇で相手の目を見て言えた。
少し前の自分ならできなかったと思う。相手に伝えた瞬間、体は小刻みに震えているのに心がふっと軽くなった。
彼女たちは何も言ってこなかった。そのまま肩肘を張って私の横を通り過ぎていく。
もしかしたら、彼女たちはまた私をいじめるかもしれない。また、教科書を破られたり、悪口を言われたり、ものを隠されるかもしれない。
それでも、後悔はしていない。むしろすっきりした。
ようやく酸素を吸えるようになって、深呼吸をする。空気が変わったかのように肺に酸素がたくさん入ってくる。

振り返り、教室へ入る。私がいなくなっていたって変わらないこの空間に、私は私の居場所を作る。
惨めなんかじゃない、私には友達がいるのだから。おどおどしながらも机と机の間を割って進み、自分の席へ向かう。

「おはよ」
「…朝陽君、おはよう」

机の上で友達と談笑する朝陽君が顔を上げた。
彼の名前を口にするとほんの少し驚きの顔をして、でもすぐに口元に弧を描く。おはよう、そう挨拶をして、おはよう、そう返してくれるそんな友人が現れることをずっと望んでいた。

そんな日は絶対に来ないと思っていた。

だから、私は今、幸せだ。
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