やり直しの人生では料理番の仕事に生きるはずが、気が付いたら騎士たちをマッチョに育て上げていました。 そしてなぜか、ボディビルダー王子に求愛されています!?

5

「あれは、殿下の馬車ではないのか!?」

 父も、仰天した。

「わざわざ、ここまでやって来られるとは……。料理番としてのスカウトのためだけに、そこまでなさるだろうか? お母様の予想も、まんざら外れてはいないかもしれんぞ」

 父は、がぜん張り切り始めた。

「かくなる上は、私もご挨拶を……」

 娘に続いて、いそいそと馬車を降りようとする父を、ビアンカはにらみつけた。

「お父様には、残っている仕事がたっくさんおありでしょう? 早く帰らないと、お母様に叱られましてよ」

 父が一瞬つまった隙に、ビアンカは馬車の扉をぴしゃりと閉めた。

「速やかに、領地へお帰りくださいませ」

 合図をすると、馴染みの御者は合点したとばかりに微笑んだ。そのままカブリーニ家の馬車は、出発していったのだった。

(ふう、やれやれ)

 寮の玄関に入ると、皆がわらわらと迎えに出て来た。エルマは、何やら深刻な顔をしている。

「ああビアンカ、大変だよ。ステファノ殿下がいらしてるんだ。アントニオを、王立騎士団へ勧誘なさっている。王立騎士団長様もご一緒だよ」

 そちらだったか、とビアンカはほっとした。

「昼に来られてからというもの、もう何時間も、食堂で議論しっぱなしさ。アントニオも、なかなか強情だからねえ……」

 彼の生い立ち的に、それは仕方ないだろう。そこでビアンカは、ふと気が付いた。

「ずっと食堂を使われているということは、皆さん、お食事は?」
「あたしたちなら、適当に済ませたさ」
「武芸試合の時に、女の子たちから差し入れをもらったしね」

 ジョットが、菓子の入った籠を見せる。

「でも、殿下とアントニオさんは、飲まず食わずということですよね?」
「飲み物なら、お出ししたけれど。とても、食事はいかがですかなんて言える雰囲気じゃないし……」
「そうですか」

 ビアンカは、スタスタと厨房へ向かった。エルマが、慌てた声を上げる。

「何をする気だい?」
「何って、夕食をお作りするんです。空腹で議論などしても、頭は回りませんわよ。殿下の付き添いは、ドナーティ様お一人ですね?」

 準備を始めるビアンカを見て、エルマは眉をひそめた。

「お止しよ。あんた、病み上がりだろう? 料理なら、あたしが……」
「もう元気ですから。それに、私には考えがあります」

 ビアンカはエルマに向かって、にっこり微笑んだのだった。
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