やり直しの人生では料理番の仕事に生きるはずが、気が付いたら騎士たちをマッチョに育て上げていました。 そしてなぜか、ボディビルダー王子に求愛されています!?

13

(幸せだわ……)

 しみじみと、ビアンカは思った。こんな風にステファノと踊れる日が来るなんて、夢にも思わなかった。音楽もなく、普段着姿でも、舞踏会会場にいるような錯覚をしてしまう。

(本番では、踊ってくださることなど、ないでしょうから……)

 第二王子ステファノの相手を務めるのは、それなりの家柄の令嬢たちに決まっている。いくら招待状を受け取り、ドレスを贈られたとしても、ビアンカにはそこまで自惚れることはできなかった。

(……でも)

 ルチアの言葉が、ふと蘇った。仕立ての勉強をしているだけあり、彼女はドレスを見て、こう言っていたのだ。最高級のシルクが使われている上、レースも類を見ない高級品だと。極めつけは、裾にブラックダイヤがあしらわれていると、彼女は興奮していた。もちろん、そんな品をたかだか数日でこしらえられるとは、ビアンカも思わない。招待状をよこした一ヶ月前には、すでに注文していたに違いなかった。

(どうして? 専属料理番のお誘いを、断るような真似をしたのに……)

「どうした? 疲れたか?」

 ステファノが尋ねる。よほどぼんやりして見えたのだろうか。ビアンカは、慌ててかぶりを振った。

「いえ。ドレスのことを、思い出していたのです。当日身に着けるのが、楽しみだと……。本当に、ありがとうございました」

 またもや、ルチアが言っていたことを思い出した。ドレスのデザインは、エルマに借りたものと同じスタイル(ベルラインとかいうらしい)なのだそうだ。小柄なビアンカに、最適なのだという。

『殿下ったら、お姉様のプロポーションをばっちり把握なさってますわね』

 妹のクスクス笑いが、脳裏を駆け巡る。それを振り払うように、ビアンカはステファノに尋ねてみた。

「そういえば殿下は、なぜ私のサイズをご存じだったのですか?」

 一瞬、ステファノがうろえた気がした。彼は何事か小声で答えたが、ビアンカにはよく聞き取れなかった。

「殿下……?」

 聞き返そうとしたその時、ビアンカは思いきり彼の足を踏んでしまった。

「す、すみません……!」
「よい。初日にしては、上出来であった。一度に長時間練習しても、疲れるであろうから、今夜はこのくらいにしておこう」

 ステファノは、早口でそう言いながら、動きを止めた。

「はい、お付き合いいただき、ありがとうございました」

 礼を述べながら、ビアンカは思った。『武芸試合の最後に』と聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう、と。
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