やり直しの人生では料理番の仕事に生きるはずが、気が付いたら騎士たちをマッチョに育て上げていました。 そしてなぜか、ボディビルダー王子に求愛されています!?

15

「――! 失礼を……」

 ステファノが突然止まったせいで、ビアンカは激しく彼にぶつかってしまった。悪いのは彼だが、立場上謝る。恐る恐る見上げると、ステファノは驚くほど強張った表情をしていて、ビアンカは困惑した。

「なぜそんなことを聞く?」

「その……。パッソーニ夫人は、殿下が解放しようとなさったにもかかわらず、修道院から出たがらないと聞きました。なぜお子様に会われようとされないのか、理由を知りたかったのです」

「親子関係など、家庭によりそれぞれであろう。他人がとやかく干渉する話ではない」

 正論なのかもしれないが、ステファノの口調は必要以上に冷たく聞こえて、ビアンカは戸惑った。おまけに、ワルツの途中で動きを止めたせいで、ビアンカはステファノの腕に抱かれたままの状態だ。端正な顔はすぐ間近で、何だかいたたまれない。

「ですが、何らかの誤解があってその親子がこじれているとすれば、放ってはおけませんわ。アントニオさんが気の毒です」

「……そんなに、パッソーニのことが心配か!」

 不意に、ステファノが怒鳴る。同時に、ビアンカの背に回された彼の腕に、力がこもった。そのまま、力任せに引き寄せられる。本能的な恐怖を覚えて抵抗を試みるが、圧倒的な腕力の前では、それは児戯に等しかった。

 ふと、ステファノが呟く。

「ビアンカ……」

 ドキリとした。呼び捨てられるのは、初めてだ。ビアンカの体を拘束していない方の手が、そっとビアンカの頬に触れる。ゆっくりと、唇が近付いて来た。

「殿下……」

 声が震えた。呼びかけて、どうしたいのかもわからない。そもそも、どうしてこんな状況になっているのかすら、把握できていないのだ。一応は結婚していた身で、キスの経験がないわけでもないのに、ビアンカはまるで初めての時のように硬直していた。

(あれ? この人生では、初体験になるのかしら? というかテオ様、今出て来ないでよね!)

 おぞましい元夫との記憶を、えいっと脳内から追い出したその時。ステファノの動きは、急に止まった。ビアンカを捕らえていた腕の力が緩む。

「悪かった。無体な真似をして……。無垢なそなただというのに」

 ステファノが、顔をゆがめる。苦しげなその表情は、心底己を恥じているようだった。

(無垢……、とは言い切れない気もするのだけれど……)

 前の人生では、当然それ以上も経験していたわけである。そこまでステファノに反省してもらうのも、申し訳ない気がした。そもそも、未遂だというのに。とはいえそうは言えずに沈黙していると、ステファノはくるりと踵を返した。

「そなたのステップは、完璧だ。レッスンは、もう必要なかろう」

 え、とビアンカは思った。先ほどは、引き続き続けるようなことを言っていたのに。

「今夜で終わりなのでございますか? 殿下、私は……」
「それでは、舞踏会会場で。待っておるぞ」

 有無を言わせない様子でそう告げると、ステファノは部屋を出て行ったのだった。 
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