やり直しの人生では料理番の仕事に生きるはずが、気が付いたら騎士たちをマッチョに育て上げていました。 そしてなぜか、ボディビルダー王子に求愛されています!?

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 そこでステファノは、ふと気付いた。ビアンカは、少し体調が悪そうだったのだ。考えてみれば、騎士団寮で働きつつ、ステファノの滞在先にも通わせて食事を作らせたのだ。かなりの負担だったことだろう。

(疲労回復には、砂糖と果物がよいのであったな)

 以前ビアンカが言っていたことを、思い出す。ちょうどいいことに、デザートは煮梨であった。分けてやろうとしたが、彼女は遠慮して食べようとしない。

(まあ、当然か)

 チラと見れば、給仕は席を外していた。誰も見ていない隙に、スプーンで煮梨をすくい、ビアンカの口元に差し出す。ビアンカは真っ赤になったが、やがて覚悟を決めたのか、瞳を閉じた。

 梨を口に含んだビアンカは、実に幸せそうな顔をした。晩餐会の時と同じだ。あの時も思ったが、彼女は、人が心を込めて作った料理の大切さと、それを楽しむ大切さを理解している。ステファノは、しばしその表情に見とれた。

 ビアンカは、時間をかけて咀嚼している。そのふっくらした唇は、果汁に濡れて光っていた。それに気付いた瞬間、ステファノは突き上げるような衝動に駆られた。柔らかそうなその唇を奪い、思う存分味わい尽くしたいと思ったのだ。

 いいではないか、という悪魔の囁きも聞こえる。誰も見てはいないし、ビアンカ本人も、瞳を閉じて無防備な状態だ……。

 だがステファノは、寸前で思い止まった。ビアンカは、社交界デビューもしていない無垢な少女だ。口づけの経験など、ないに違いない。一時の不埒な欲望で、奪ってしまってはいけない気がした。

 食べ終えて目を開けたビアンカは、動揺していた。ステファノが、あまりにも接近していたからだろう。慌てて食卓の方を向き直りつつも、ステファノは決意していた。

(この娘を、私の専属料理番として雇おう)

 メニューを採用するだけでは、もはや満足できなかった。彼女の作る物でないと、ダメな気がしたのだ。そして、雇った暁には、毎回このように食卓へ侍らそう。この一週間と同じことを、続けるのだ。

 それは実現するものと、ステファノは信じて疑わなかった。命じたことは全て叶う環境で育ってきたのだ。否と言われる可能性など、予想もしていなかった。
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