やり直しの人生では料理番の仕事に生きるはずが、気が付いたら騎士たちをマッチョに育て上げていました。 そしてなぜか、ボディビルダー王子に求愛されています!?

10

 パッソーニは、神妙に受けて立ったが、その瞳には激しい怒りが宿っていた。

(全力でぶつかって来い)

 剣の腕では、ステファノはパルテナンド王国の誰にも負けないと自負している。その自分相手に、どれほどの力を見せられるか。しかもステファノは、彼の母親を奪った憎き王の息子だ。下手をすれば、これを機に殺しにかかるかもしれない。

(上等だ)

 反対する家臣らを退けて、ステファノは剣を取った。開始の合図と共に、パッソーニが飛び込んで来る。攻撃する気満々だ。

 だが、しばし打ち合ううち、ステファノは気付いた。パッソーニの顔に浮かぶ、疲労の色に。考えてみれば、当然だろう。このトーナメントで、彼はいくつもの試合をこなしてきたのだ。普通に戦うのは、フェアではないだろう。

(ハンデをやるか)

 隙を突く瞬間はいくらでもあったが、ステファノは見逃した。だがその時、パッソーニが低く呟いた。

「ステファノ殿下。どうぞ、本気でお願いいたします」

 見抜かれたか、とヒヤリとした。確かに剣士のプライドにかけて、手を抜いた相手になど勝ちたくないだろう。だが彼は、こう続けた。

「でなければ……、リボンを贈ってくれた女性に、面目が立ちません!」

 カッと、頭に血が上るのがわかった。二人の深い信頼関係を、誇示された気がした。

(そこまで言うなら、手加減などするものか!)

 素早く間合いを取り、猛スピードで踏み込む。狙うは、ビアンカのリボンだ。全力で剣を振り下ろせば、それはあっけなく舞い落ちた。

(どうだ。信頼の証は、失われたぞ。この後もそなたは、平常心で戦えるか?)

 卑怯なのは、承知していた。だが王立騎士団員ともなれば、数々の修羅場に立ち向かわねばならないのだ。どんな戦線でも気丈に戦える精神力がなければ、入団したところでやっていけはしない。

(見定めさせてもらうぞ……!)

 パッソーニは懸命に戦い続けたが、次第に追い詰められていった。先ほどの一撃で、激しくバランスを崩したのが、尾を引いているのだろう。ステファノは、容赦なく攻撃し続けた。利き腕を狙って打ち込んだ瞬間、パッソーニの体はぐらりと揺れた。そのまま、地面に倒れ込む。

(とどめだ……!)

 その喉元めがけて、剣を振り下ろそうとした瞬間。ふとビアンカと目が合った。彼女は、ボネッリ伯爵に用意された、最前列の特等席で観戦していたのだが……。

 ステファノは、異変に気付いた。ビアンカは、今にも泣き出しそうな真っ赤な顔をしていたのだ。そこでステファノは、ハッとした。彼女のドレスの胸元が、大きく破けていることに。必死に素肌を覆い隠そうとする彼女を、周囲の男たちは、卑猥な笑みを浮かべて見ている。

 かあっと、脳内が沸騰しそうなほどの怒りに襲われた。パッソーニに、リボンのことを囁かれた時とは、比べものにならない。ゲスな視線を浴びせた男たちと、己の試合に夢中になって、ビアンカの窮状に気付かなかった自分。両方への憤りで、全身が震えた。

 ステファノは、即座に剣を打ち捨てていた。勝敗など、どうでもよかった。大事な女性一人守れなくて、騎士を名乗る資格などない。

(そう。ビアンカ、そなたが大事なのだ……)

 全速力で、駆け出す。自らのマントで、ビアンカの体を覆えば、皆はあっけにとられた。

「この勝負は降りた。パッソーニ殿の勝ちだ」

 家臣らに告げると、ステファノはビアンカを抱き上げた。一刻も早く、この場から連れ去ろうと、歩き出す。できることなら、卑しい眼差しで彼女の肌を見た、会場内の全ての男を斬り殺したい気分だった。 
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