やり直しの人生では料理番の仕事に生きるはずが、気が付いたら騎士たちをマッチョに育て上げていました。 そしてなぜか、ボディビルダー王子に求愛されています!?

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 信じられなかった。パッソーニのように、王室に因縁がある人間ならともかく、王族からの誘いを断るなど、通常は考えられない。ちなみにパッソーニは、ビアンカが共に王都へ行くと思い込んで、入団を承諾したようだった。事情が違うと知って彼は驚愕していたが、この際それはどうでもいい。素早く入団の同意書類にサインをさせたドナーティは、してやったりという顔をしていた。

 ビアンカは、ステファノに向かってこう告げた。

「私はまだ未熟者」
「王都へ赴く考えはありません。引き続きこの騎士団寮にて、精進したいと考えております」

 混乱した。取りあえず、もう一度確認する。

「私は、そなたの作る食事が気に入っている。引き続き食べたい。それで十分ではないのか?」

 それでもビアンカは、拒絶した。

(なぜ、この騎士団寮に固執する……?)

 パッソーニは王都へ行くのだから、彼が原因ではないだろう。さっぱり、理由がわからない。言い合っているうちに、ビアンカはこう言い出した。

「殿下の振る舞いは、駄々っ子と同じですわ!」
「今の殿下の言動は、陛下と何ら変わりございません。女性を意志に反して、連れ去ろうとなさっておいでです!」

 ハッとした。ビアンカを王都へ連れて行くまで、この地を去らないと告げた時の、ボネッリ伯爵の困惑した表情が蘇る。深い意味なく言ったことだが、自分は王族だ。言われた方は、重く受け止めることだろう。ビアンカはそれを、脅しと表現した。つくづく、軽率だったと思う。

(いつまでも留まれば、確かにボネッリ殿には負担がかかるであろう……)

 当たり前のように受けてきたもてなしだが、この地方は貧しい。それは、武芸試合時の、牛目当ての騎士たちからも明らかだった。それなのに滞在し続けるなど、配慮に欠ける行為だった。

(そして私は、ビアンカ嬢の意志を考慮しようとしなかった。彼女の言う通りだ。父上と同じと言われても、仕方ない……)

 ステファノは、王都へ帰る決意をしていた。もう、ビアンカを専属料理番とすることは諦めた。代わりに湧き上がってきたのは、こんな思いだった。

(ビアンカ嬢を妃としたい)

 私欲に溺れる父王の愛人たちを見るにつけ、ステファノは妃選びに慎重になってきた。兄ゴドフレードが即位すれば、自分は王弟だ。その妃、つまり王弟妃は、国のこと、国民のことを第一に考える女性でなければならないと思っている。

(彼女ならば、ふさわしい)

 自分の職場を、自分が住む地域の領主を、ビアンカは深く思いやっている。彼らのため、王族である自分に、面と向かって刃向かったではないか。これ以上の女性がいるだろうか。

(それに)

 妃とすれば、これからはずっと共に食事ができる。ビアンカのような女性であれば楽しいだろう、と以前思ったが、あれは間違いだ。『ビアンカでなければ』ダメなのだ。なぜこんなにも、ビアンカに心惹かれてやまないのかが、ようやくわかった。パッソーニとの関係が、気になって仕方なかったのかも。自分は紛れもなく、恋をしている。

(では、求婚にあたって)

 ステファノは、忙しく頭を巡らせ始めた。ちょうどいいことに、一ヶ月後に宮廷舞踏会がある。ビアンカを招待するとしよう。もちろん今度こそ、ドレスも贈って。そしてその場で、ファーストダンスを申し込むのだ。宮廷舞踏会で、王族からファーストダンスを申し込まれるということは、すなわち求婚を意味するのである……。

(善は急げだ)

 近頃ロジニアの政情も、安定していないと聞く。いつまた援軍を要請されるかわからない状況だ。その前に行動しよう、とステファノは誓った。なぜだかわからないが、そうしないとひどく後悔する気がしたのだ。

(前世の教訓か? まさかな……)

 ふるふるとかぶりを振ると、ステファノはビアンカに贈るドレスのデザインについて、考え始めたのだった。
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