やり直しの人生では料理番の仕事に生きるはずが、気が付いたら騎士たちをマッチョに育て上げていました。 そしてなぜか、ボディビルダー王子に求愛されています!?

2

(それにしても、憂鬱だわ……)

 ビアンカは、しゅんとうなだれた。一週間続くと思っていたレッスンは、途中で打ち切られてしまった。もうステファノと踊る機会など、ないに違いない。おまけに今日は、ステファノが妃を選ぶのを見ていなければならないのだ。彼のファーストダンスの相手が、その栄誉あるお妃候補である。王族からのファーストダンスの申し込みは、すなわち求婚を意味するのだ。名だたる令嬢たちは、皆気合いを入れまくっている。

(これ、休暇じゃなくて拷問よね……?)

 早く騎士団寮へ帰りたいが、ステファノの好意を無にすることはできない。ため息をついていると、ルチアはなぜかにっこりした。妙に自信たっぷりに言う。

「お姉様。今宵はどうぞお楽しみください。きっと楽しい一夜になるはずです」
「ええ、ありがとう」
「あ、それからダンスの最中に、他の殿方の話題を出されない方がいいですわよ?」
「……どういう意味よ?」

 ビアンカは怪訝に思ったが、ルチアは理由を言おうとしなかった。

「そして私は、今日これから外出して参ります。お父様も到着されますし、バトンタッチいたしますわね」
「ええ、それは構わないけれど」

 ビアンカはやや意外な気がした。ファッションに人一倍関心のあるルチアが、着付けに同席しないだなんて。

(王都滞在も最後だし、街を見て回るつもりかしら)

「じゃあ、気を付けてね」

 ルチアを見送ると、入れ違いのように侍女たちが姿を現した。

「おはようございます、ビアンカ様! さあ、張り切って磨かせていただきますわよ!」

 舞踏会は夜だというのに、もう準備を始めるようだ。ビアンカは言われるがまま、湯浴みをさせられ、肌や髪を手入れされた。ほぼ一日がかりで準備を整えた後は、いよいよ着付けである。

(素敵だわ……)

 改めてドレスを眺めて、ビアンカはうっとりした。最初は赤色ということに腹を立てたが、よくよく見ると、それは本当に素晴らしいデザインだったのだ。

 夕陽のような鮮やかな赤は、絶妙なグラデーションを成し、金糸の刺繍と相まって、動く度に違う印象を与える。スカート部分には、繊細なレースが、これでもかというほど重ねられていた。裾には美しく輝くブラックダイヤが、無数に散りばめられている。

「とても素敵ですわ」

 侍女たちは頷くと、ビアンカを鏡の前に連れて行った。ウエストは高い位置で細く絞られ、スカート部分がふんわり膨らんでいるので、実際よりもスタイルが良く見える。それはいいのだが、予想以上に胸が強調されるデザインに、ビアンカは気恥ずかしくなった。エルマに借りたものよりは、かなり大胆な開き方をしているのだ。こんなドレスを着て公の場に出るのは、初めてだった。
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