やり直しの人生では料理番の仕事に生きるはずが、気が付いたら騎士たちをマッチョに育て上げていました。 そしてなぜか、ボディビルダー王子に求愛されています!?

7

(嘘っ……)

 ビアンカは、ぽかんと口を開けた。今や会場内の全女性が、ビアンカを見つめて(正確にはにらみつけて)いる。羨望や憎悪の眼差しがほとんどだったが、中には当惑の視線もあった。「誰?」という囁きも聞こえる。社交界デビューしていないのだから、知られていなくて当然だ。

「さあ」

 楽団が優美な音楽を奏でる中、ビアンカは吸い寄せられるように、差し出された手を取った。まだ状況が飲み込めないまま、それでも足は、叩き込んだステップを自然に踏んでいる。

(どういうこと? ファーストダンスの相手は、お妃候補ではなかったの……?)

 確かにテオもアントニオも、ステファノはビアンカを好いていると言った。ドレスや装飾品も、贈られた。それでもビアンカは、まさかと思ったのだ。貧乏子爵の娘で、社交界デビューすらせず料理番として働いているような女が、王子妃になど選ばれるはずがないと……。

 ふわふわと夢の中を漂うように、ビアンカはステファノの腕の中で舞い続けた。抱かれた背が、握られた手が熱い。周囲では、いくつもの組が華麗なダンスを披露している。中には、ゴドフレードもいた。イレーネが踊れないため、叔母に当たる王妹と踊っている。彼は、ステファノたちを見ると、微笑みを投げてよこした。

「そのドレス、とてもよく似合っている」

 ふと、ステファノが呟いた。ハッと我に返ったビアンカは、慌てて礼を述べた。

「ありがとうございました。それに、ティアラやアクセサリーまで。何と、お礼を申したらよいか……」
「私がしたいからしたのだ。ドレスも、私の好みでデザインさせた」
「恐れ多いですわ……」

 恐縮したビアンカだったが、ふと気付いた。この、胸が大きく開いたデザインは、ステファノの指示ということか。ステファノは紳士らしく、不躾に見るような真似はしないが、恥ずかしくて仕方ない。

「ぎごちなくなってきておるぞ。もっと流れに任せて、リラックスせよ」

 ステファノが囁く。誰のせいで、と言いたくなるのをこらえて、ビアンカは彼のリードに身を委ねた。音楽に合わせて、くるくると体を回転させる。心地良かった。

「その調子だ」

 ステファノが、嬉しそうに言う。

「レッスンを途中で打ち切って、すまなかったと思っていたが……。勘は鈍っておらぬようだな。よかった」

 その言葉に、ビアンカはおやと思った。

(もしかしてこのダンスは、レッスンを途中で止めたお詫びかしら?)

 ステファノの次の相手こそが、本当のお妃候補だろうか、とビアンカは思い始めた。あるいは、今夜はまだ決めるつもりがないとか。再び、モヤモヤが襲いかかってくる。
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