やり直しの人生では料理番の仕事に生きるはずが、気が付いたら騎士たちをマッチョに育て上げていました。 そしてなぜか、ボディビルダー王子に求愛されています!?

 曲が止まる。思いがけずステファノと踊れた幸福に、うっとりしつつも、ビアンカは心に小さな暗雲を抱えていた。この次の曲で、ステファノは別の女性にダンスを申し込むのだろうか。彼女こそが、お妃候補なのかもしれない……。

 だが曲が終わっても、ステファノはビアンカの手を放さなかった。そのまま、どこかへ向かって歩き出す。ビアンカは、戸惑って彼に尋ねた。

「殿下? あの、次の曲が……」

 ステファノはそれに答えずに、突き進む。周囲の者たちは、さっと道を空けた。やがて、ステファノが立ち止まる。目の前には、目をまん丸に見開いた、父・カブリーニ子爵の姿があった。

「ドメニコ・ディ・カブリーニ殿。求婚の申し込みをさせていただきたい」

 ステファノは、はっきりした声音で告げた。

「ご長女・ビアンカ嬢を、私の妃としたいのだが、いかがであろうか」

「殿下! 本気で……?」

 尋ねようとしたビアンカだったが、言葉は途中で途切れた。父が、その場にひっくり返ったからだ。白目を剥いて、気絶している。周囲は、何事かと慌て始めた。

「医師を呼べ!」
「取りあえず、横にして……」

 数人の男性が、父を担いで運び出していく。すみません、とビアンカはステファノに謝罪した。

「父が、失礼をいたしました。悪気はないのです。ただ、驚きすぎたものと……」
「よい。うっすら予想はしていた」

 ふうとため息をつくと、ステファノはビアンカの方を向き直った。

「カブリーニ子爵から返事を聞けなかったゆえ、そなたに直接聞く。私の妃となってくれぬか」
「ステファノ殿下……」
 
 ビアンカを見つめるステファノの漆黒の瞳は、真剣な光をたたえている。ビアンカは、思わず呟いていた。

「どうしてなのです? どうして、私などを……」
「未来の王弟妃として、そなたほどふさわしい女性はおらぬと思ったからだ」

 周囲がどよめく。ステファノは、ふっと微笑んだ。

「ボネッリ伯爵領に留まるとごねた私を、そなたは駄々っ子と称してたしなめたではないか。あの時私は、ハッとしたのだ。私がいつまでも滞在することで、ボネッリ殿には大きな負担がかかる。そなたに言われて、初めて気付いたのだ。一国の王子として、配慮が足らなかったと、反省した」

「殿下……」

 不敬に問われても、仕方ない発言なのに。そんな風に、真剣に受け止めてくれたとは思わなかった。ビアンカは、まじまじとステファノの瞳を見つめ返した。

「王弟妃に必要なのは、国のこと、国民のことを第一に考える姿勢。自分が住む地域の領主を、そのように思いやれるそなたなら、適任であろう」

 ステファノは、自信たっぷりに言い切った後、こう付け加えた。

「ボネッリ殿のような貧しい領主には、特に負担であったことだろう。今後の教訓といたそう」

 ビアンカは、がくっと落ち込んだ。

(殿下、そのご発言は、デリカシーがないですわ……)
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