やり直しの人生では料理番の仕事に生きるはずが、気が付いたら騎士たちをマッチョに育て上げていました。 そしてなぜか、ボディビルダー王子に求愛されています!?

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「まあ! アントニオさんの……」

 道理で、見覚えがあったはずだ。瞳の色はもちろん、顔立ちもよく似ている。捜そうとしていた矢先に、こんな所で出会うとは。

「いえ、お世話だなんて、とんでもない……。こちらこそ、アントニオさんには色々助けていただきましたわ。ですが、その……。妹のルチアと、お知り合いだったのですか? 私、何も知らなくて」

 寝耳に水とは、このことだ。目をぱちくりさせていると、クラリッサは静かに話し始めた。

「ええ。私が、事情あって修道院にいることはご存じですわよね? つい、二週間ほど前でしたかしら。ルチアさんが、突然修道院を訪ねて来られましたの。アントニオのいる騎士団寮の、料理番の妹だ、と仰って」

「全然、知りませんでしたわ……。一体、何の用だったのです?」

 そしてルチアは、どうして修道院の場所を知ったのだろう。疑問だらけだ。

「なぜ息子に会おうとしないのか、と。アントニオさんは傷ついておられるし、寮生思いの姉も気にかけている、そう仰ったわ。私は偶然この場所を知ったので、姉やアントニオさんには内緒で勝手に来た、と。優しい妹さんね」

 ビアンカは、唖然とした。二週間前といえば、宮廷舞踏会の頃か。そういえば当日、ルチアは着付けも見届けずに、早くから外出していた。クラリッサの元を訪れていたのか。

「偶然ビアンカさんにお目にかかれたので、今お話しするわね」

 クラリッサは、寂しげに笑った。

「確かにステファノ殿下は、修道院から出てよいと仰ったわ。国王陛下の振る舞いについても、詫びてくださった。でも私は……、息子たちに会わせる顔がなかったのよ。夫が無実の罪で捕まったというのに、助けることもできなかった。挙げ句、幼い子供たちを置いて、陛下の元へ行ってしまい……。母親失格だと思ったわ。こんな私は、一生修道院で過ごすべきだと思ったの」

「でも! それは、国王陛下の命で、仕方なかったではないですか」

 ビアンカは、眉をひそめた。そんな風にクラリッサが思いつめていたとは、思わなかった。

「ルチアさんも、同じことを仰ったわ。でも、それは言い訳よ。抵抗しようと思えば、自害でも何でも手段はあったはず。それなのに、夫と子供を捨てて、他の男性の元へ行ったのだから……」

「そうでしょうか」

 ビアンカは、静かに言った。

「あなたが抵抗なされば、アントニオさんたちに、どんな危害が加えられるかわかりません。あなたは、それを見越されて、陛下の言うなりになったのでは?」
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