やり直しの人生では料理番の仕事に生きるはずが、気が付いたら騎士たちをマッチョに育て上げていました。 そしてなぜか、ボディビルダー王子に求愛されています!?
最終章 時よ、もう戻らないで。私には、守りたいものがあります。

1

 それから十ヶ月が経過した。その日ビアンカは、朝からそわそわと、王宮内の自室で過ごしていた。ようやく、待ちかねたノックの音がする。侍女のマリアが、顔をほころばせながら現れた。

「ビアンカ様。ルチア様が、お見えですわ」
「すぐに通してちょうだい」

 やがて、大きな包みを抱えたルチアが、いそいそと入って来た。ようやく前王の喪が明け、ステファノとビアンカは、晴れて結婚式を挙げることになったのだ。ルチアが持って来たのは、一週間後の式でビアンカが着る予定の、ウェディングドレスである。

「ようやく完成しましたわ。自信作ですわよ」
「忙しいのに、悪かったわね」

 ビアンカは、妹を気遣った。あの後アントニオと結婚したルチアは、王都の屋敷で暮らしつつ、仕立ての仕事を続けているのだ。注文は、ひっきりなしに入るという。彼女の腕が良いのはもちろんだが、宣伝効果も大きかった。ルチアは、こんな看板を掲げたのだ。

『姉は、私が初めて仕立てたドレスを着て武芸試合に出席したところ、王弟殿下に見初められた』
 
 かなり脚色している気もするが、これを聞いた年頃の令嬢たちは、こぞってルチアにドレスの仕立てを依頼するようになった。現在は、商売大繁盛、といったところである。最近は、レオーネ夫妻の娘まで、恥を忍んでやって来たのだとか。ボネッリ邸の晩餐会でステファノの不興を買って以来、夫妻は社交界でつまはじきにされるようになり、そのせいで娘は、いっこうに縁談が決まらないのだという。

「とんでもないですわ。尊敬するお姉様の花嫁衣装は、絶対に私の手でお作りしたかったのです!」

 力強く言い切った後、ルチアは苦笑した。

「途中で想定外の事態が起こったので、やや苦戦しましたけれどね」

「まったくだわ」

 不意に、イレーネの声がした。いつの間にか、部屋に入って来ている。

「ああ、失礼。ドレスが完成したと聞いて、見たくてたまらなかったの」

 にっこり微笑んだ後、イレーネはため息をついた。

「それにしても。この大きなお腹で、ウェディングドレスを着るはめになるなんて。女性の一番の晴れ舞台だというのに、ステファノったら、やらかしてくれたわね……」

 そう、あれほど案じていたというのに、ビアンカはあっさり身ごもってしまったのだ。現在は、臨月である。
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