やり直しの人生では料理番の仕事に生きるはずが、気が付いたら騎士たちをマッチョに育て上げていました。 そしてなぜか、ボディビルダー王子に求愛されています!?

3

 ボネッリ伯爵に連れて来られたのは、木造の建物だった。二階建てで、趣がある……といえば聞こえはいいが、正直ボロっちい。

 建物の前には、小柄な痩せぎすの老女が佇んでいた。六十代くらいであろうか。

「エルマ! わざわざ、迎えに出て来てくれたのか? 寝ていてもよかったのに」

 馬車の窓から、伯爵が声をかける。彼女が、ここの寮母らしかった。

「とんでもありません。領主様がお越しになるというのに、そんな無礼な真似はできませんよ。それに、今日はあたしのために、助っ人を連れて来てくださったとか」

 老女は、穏やかに微笑むと、ビアンカに目を向けた。

「そちらのお嬢さんですか。まあまあ、可愛らしい方ですこと」

 好意的な反応に、ビアンカはひとまずほっとした。ボネッリ伯爵は、ビアンカを馬車から降ろすと、老女に紹介した。

「私の友人・カブリーニ子爵のご長女、ビアンカ嬢だ。料理はお得意だそうなので、是非頼ってもらってくれ」

「ありがとうございます、領主様。こんな老いぼれのために、もったいない計らいでございます……」

 老女は、ひたすら恐縮した様子だった。伯爵が、ビアンカの方を向き直る。

「こちらが、先ほどお話しした、寮母のエルマです」

 よろしくお願いいたします、とビアンカは丁重に挨拶した。

「二階が騎士たちの部屋で、一階は食堂とエルマの住まいになっています。ビアンカ嬢のお部屋も、一階ですからね」

 どうやら案内してくれるつもりらしく、伯爵は中へ入ろうとしたが、エルマは押し止めた。

「お忙しい領主様に、そこまでしていただくわけには参りません。案内くらい、あたしがいたしますよ」
「そうか……? まあ、詳しい人に説明してもらった方がよいかな」

 ボネッリ伯爵は、思い直したように頷いた。

「ではビアンカ嬢、私はこれで。何かあれば、エルマなり私なりにいつでも相談してください」
「はい、色々とありがとうございました」

 伯爵が再び馬車に乗り込み、去って行く。さてエルマに案内してもらおうと振り返って、ビアンカは目が点になった。そこに、すでにエルマの姿はなかったのだ。見ればさっさと、寮内へ入って行くではないか。

「あの、エルマさん?」

 ビアンカは、慌てて追いかけた。ようやく、エルマが振り向く。その顔からは、先ほどまでの穏やかな微笑は、跡形もなく消えていた。侮蔑と苛立ちが入り交じった眼差しで、ビアンカをにらんでいる。

「まったく、ボネッリ様もこんなひ弱そうな娘を連れて来るだなんて。買い出しなんて、できるわけないだろうに」

 吐き捨てるように言われて、ビアンカはムッとした。
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