やり直しの人生では料理番の仕事に生きるはずが、気が付いたら騎士たちをマッチョに育て上げていました。 そしてなぜか、ボディビルダー王子に求愛されています!?

7

「失礼ですわよ」

 ここで騒いだら、周囲の迷惑になる。ビアンカは、できる限り声を落として言い返した。その代わり、あらん限りの怒りを込めて、夫人をにらみつける。

「このドレスは、正真正銘私の物……。母から受け継ぎ、妹が仕立て直してくれた、大切な品です。あなたの仰っていることは、名誉毀損です」

「ああら、とことん貧しくていらっしゃるのねえ。そういえば、糸がはみ出ていましてよ」

 夫人はクスッと笑うと、ビアンカの鎖骨の辺りに視線を走らせた。確かにルチアの縫い方は、まだ素人のそれだ。ほつれかけた糸の先を、夫人がからかうように引っ張る。ビアンカは、その手を振りはらった。

「まだ私と言い争われたいなら、外でいたしましょう。これ以上大きな声を上げるのは、一般観客の皆様だけでなく、ステファノ殿下のご迷惑にもなります」

「何でも、殿下のお名前を出せばいいと思って……」

「ステファノ殿下が、どれほど真剣にこの試合をご覧になっているか、おわかりになりませんか?」

 ビアンカは、夫人の言葉を遮った。

「殿下にとってこの大会は、単なる娯楽ではありません。優れた剣士を選別し、王立騎士団へ引き抜こうとなさっているのです。それは、パルテナンド王国を強い国にするため。殿下の観戦の妨害をするということは、間接的に国家への反逆となりますよ!」

「この……!」

 夫人はなおも言い募ろうとしたが、レオーネ伯爵は彼女を押し止めた。

「出よう」

 伯爵の視線の先には、ボネッリ伯爵と、王立騎士団のメンバー数名がいた。こちらへ走って来る。騒動に気付いたのだろう。

 レオーネ夫妻が、そそくさと見物席を出て行く。すると周囲からは、一斉に拍手が巻き起こった。皆、ビアンカを温かい目で見つめている。

「よく言った! あの夫婦には、迷惑してたんだ」 
「殿下のお取り巻きなら、専用席へ行けっての」

 ルチアとスザンナは、口々にビアンカに礼を言った。

「お姉様、ありがとうございました」
「早く、戻ってくださいませ。もう始まりますわ」

 そうだ、とビアンカははたと思い出した。いよいよ、アントニオの出る決勝戦だ……。
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