黒衣の前帝は戦場で龍神の娘に愛を囁く
◆幕間 ダリウスの視点

 時は少し遡る。
 ユヅキと別行動をしていた俺は急いで東の塔へ向かった。禍々しい魔力が感じられるが、どうにも妙だ。魔物とは何かが違う。

(反皇帝派閥による国家転覆(クーデーター)の旗印として、この最果ての城砦を選んだ? いやそれより、ここで貴族たちの被害が出たという方が厄介だな)

 回廊を駆け東の塔の表玄関(エントランス)に到着した。二階が吹き抜けで、大階段がある。落ち着いた色合いの灰色の壁が、今や血で赤く染まっているのが窺えた。深紅の絨毯には赤黒い血が広がり、令嬢の付き人たちがことごとく倒れているではないか。
 この惨劇の主犯は──。
 素早く状況を把握するため周囲を見渡す。クリスティ=オズワルドは血まみれのままその場に佇んでいた。いや正確には武装魔導具を展開しており、彼女が彼らを倒したのだとわかった。
 そしてオズワルド令嬢から少し離れたところに、影の薄かった黒髪の男爵令嬢キャロル=ポウエルがいた。ドレス姿に不釣り合いな片手斧を手にしている。

(この二人が主犯か。……ん?)

 倒れている付き人たちをよく見ると彼らは仕込み武器を手にしている。単なる言い争いで殺人が起きるだろうか。二人に何が起こったのか尋ねようとした瞬間。
 轟ッ!!
 二階は吹き抜けになっているので、その上の天井が崩れ落ち、そこからカイルが瓦礫と共に落ちてきた。頭から落下していれば即死だろうが、カイルは風魔法をとっさに使って態勢を整えた。ユヅキとの稽古で以前よりも魔法の熟練度が上がったのだろう。

「カイル、無事だな」
「閣下! 自分では手に負えず申し訳ありません」
「それはいい。状況報告をしろ」
「はっ!」

 カイルを見るかぎり切り傷などはあるが、無事なようだ。

「最初は東の塔でボヤ騒ぎがあり、火の元である三階のアネット様の部屋に駆け付けたのですが……。なにやら得体のしれない魔法陣から、アレが出てきたのです」

 アレ、と言ったその言い回しは的確だった。
 二階の階段から下りてくる存在。それは人の形をした「何か」だった。腕は四つ、長身ではあるが魔物とは明らかに異なる。漆黒の炎を纏って火だるまになっており、あまりにも異形なソレに生理的な嫌悪感を感じた。

「ア、ア、アア……」

 一歩一歩階段を下りてくる。形容しがたい化物はどす黒くおぞましい魔力が溢れ、四つの手には漆黒の刃がしっかりと握られている。

(魔物が武器を持って戦う?)

 重苦しい空気、凄まじいプレッシャーに常人なら卒倒していただろう。だがクリスティとキャロルは厳しい顔をしているが、怯えもせず身構え耐えたのだ。所作や佇まいからして俺は目を瞠った。

「アネットめ、面倒なことをしてくれましたわ」
「……そうですね」
(こいつ等、ただの令嬢とは思えないほど死線を潜り抜けてきているな。だが戦力を回すのなら、ここよりも見張り台の方がいいだろう)
「……閣下、私とポウエル男爵令嬢は『ある任務』を皇帝陛下より賜っております。ですので、この化物のお相手をお願いします」
「は? な──」

 俺が返事をする前にクリスティとキャロルは、身を翻して東の塔から離脱する。その速度は令嬢とは思えないほど速い。もっとも追いつけないほどでもないが。

「……逃ガ、サン!」
「!」

 直感的に俺は刀を抜いた。
 刹那、金属音が悲鳴を上げ、ぶつかり合った刃はオレンジ色の火花が舞い散る。
 
「……アア。憎イ、憎イ、憎イ、憎イ、憎イ、憎イ、憎イ、憎イ、憎イ、憎イ!」
「そうかよ!」

 俺は乱撃を繰り出す化物の剣戟を弾き、もう片方の手で化物の頭部を鷲掴みしたまま、東の塔の壁をぶち壊して外へと強制的に追い出した。このまま塔の中で戦えば壊しかねない。

「か、閣下! 壁壊しすぎです」
「そんなことより、お前は部下を連れて見張り台に急げ。ユヅキが応戦しているが、魔物の数が今までの比じゃないほど多い」
「師匠が!? わかりました。全速力で、駆け付けます」

 カイルはわき目もふらず見張り台へと駆けだした。
 本当は俺が真っ先に行ければいいんだろうが、それよりもあの化物を何とかする方が先だ。

「外でなら加減せずに済む。さっさと終わらせてもらおう」

 塔の外は草原が広がっているのだが、土煙が立ち上っており視界が悪い。
 夕闇の中、佇むソレは悪鬼羅刹のように人間を憎み、怒りに魂を燃やしていた。咆哮は絶叫に近く、人間を呪い全てを破壊し尽くせんとする。その姿はかつて世界を、いや自分の体質を忌み嫌い呪い続けた過去と重なった。けれど俺はアレとは違う。
 ユヅキと出会ってそう心から思った。

 二、三十メートル先の草原に人影がゆっくりと起き上がり、こちらへ歩き出す。その歩みは亀よりも鈍いが、徐々に加速していく。激しい憎悪と人間離れした魔力に、肉体の頑丈さ。それはユヅキとは似ても似つかないのだが「龍神族の同胞に近しいものではないか」という考えが過った。

(この急激にあふれ出る魔物の数も、この化物の出現の後だとしたら? もし仮にあの化物がユヅキの探しているトーヤだったとしても、ああなった存在を看過することはできない)

 俺は手にしている刀の柄を強く握りしめる。

「憎イ、憎イ、憎イ!」
「この際、お前がなんなのか考えるのは後だ。今は俺の惚れた女のところ加勢に行きたいんでな。最初から全力でいく」

 俺と奴は大地を蹴った。
 向こうも俺の行動を読み取ったのか、勝負に出るつもりのようだ。

(力比べならば望むところだ)
「死ネ!!」
「魔術式第十一位階、空我劉撃!」

 轟ッ!
 暴風にも匹敵する威力を超圧縮して刀の斬撃に乗せる。その威力は一瞬で化物の体を数千と切り刻み灰と化す。
 それは一瞬の出来事だったが、思った以上に力が入っていたようだ。放った魔法は周囲の草原だった場所を一気に更地へと変えた。天災にも等しい力。やはり本気を出すと加減が難しい。だが今優先すべきことはべつにある。

「ユヅキ、今行く」

 俺は身を翻し、見張り台へと急ぐ。
 だからだろうか。
 灰になった化物が「何だったのか」確認もせずにその場を離れた。


 ***


 灰となったソレは意識が途切れる最中、ある言葉に反応する。

 ──ユ、結月………?──

 ──アア、ソウダ──

 ──アノ子ヲガイル。来テクレタ。追イカケテ来テクレタ──

 ──待ッテイテクレ。迎エニ……イク──

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