不倫ごっこのはざまで―あなたならどうしますか?

第10話 多恵(2)同窓会―不倫のはじまり

会場の温泉旅館に到着するとすぐに秋谷さんが会費を徴収していた。私は女子に準備されていた大きなお部屋に荷物をおいて、すぐに温泉に入りに行った。大広間での会食は6時だから十分に時間はある。

温泉旅館だけあって女子の浴場は大きかった。私はお風呂や温泉が大好きだ。このごろは病院の温泉好きのお友達と時々1泊2日で県内の温泉へ行っている。久しぶりの温泉に入っていると疲れが取れる。上がると身体をゆっくり冷ましてゆったりした服に着替えた。

一息つこうと部屋に戻ると、仲の良かった田代さんが一緒に会場に行こうと誘ってくれた。彼女とはここまでは話をする時間が取れなかった。

宴会場の大広間にはそろそろ人が集まり始めていた。秋谷さんがくじ引きで席順を決めている。私と田代さんは都合よく隣同士の席になった。私たちの向かい側には幹事の秋谷さんと副幹事の吉田さんが隣同士で座っている。秋谷さんと吉田さんが私たちをチラ見している。

定時になったので、幹事の秋谷さんの簡単な挨拶と乾杯で宴は始まった。始めの20分くらいは食事に専念して、そのあとに持ち回りで自身の近況を話すことになっている。田代さんは席に着くとすぐに私に話しかけてきた。

それでお見合い結婚をして息子が生まれた話をした。また、秋谷さんとのこと聞かれたので、付き合っていたけど家庭の事情で別れたと話した。田代さんも高校の2年先輩とお見合い結婚をして姓が変わって中川さんになっていた。

中川(旧姓 田代)さんは私の話をよく聞いてくれた。そしてよく食べていた。相変わらず元気で活発なので思わず笑みがこみあげてきた。昔とちっとも変っていない。昔の友人は良い、何年たっても気性というか性格はあの当時のままだ。だから安心してお喋りができる。

幹事の秋谷さんから近況報告が始まった。東京で電機会社に勤めていることや、10年前の同窓会の後、すぐに結婚したこと、5歳の娘さんがいることなどを手短に話していた。

私は前回、前々回も出席していなかったので、大学の看護学科に入学したことや卒業してからのことを手短に話した。卒業後に市内の公立病院に勤務していること、お見合い結婚して婿養子をとったこと、13歳になる息子がいること、前々回は息子を妊娠していたので欠席したこと、前回は子供が3歳で手がかかるので欠席したことなどを話した。

中川さんは手短に10年前の同窓会ではもう結婚していたことやその1年前に男の子が生まれたこと、簡単な近況などを話していた。

自己紹介のうまい人、長い人、短い人様々だけど性格が出ている。その性格は昔のままで聞いていて楽しかった。久しぶりに楽しかったあのころを思い出していた。

自己紹介が終わると、私たち二人の回りにはもう何人かがビールを注ぎに来ている。秋谷さんも私のところへ来て話し始めた。するとほかの同級生たちは以前私たちが仲良かったのを知っているので、遠慮して近づかなくなった。

「バスの中では時間がなくて君のことを聞けなかった。やっぱり婿養子をとったんだね」

「お見合いして3人目が今の主人です。私が病院で看護したことのあった人で気に入られて婿養子にもなっても良いとまで言ってくれました。同い年で地方公務員をしていましたので両親も気に入って勧めていました。それでこの人でいいのかなと思って」

「跡取りもできてよかったじゃないか。ご両親もお喜びだろう」

「孫を甘やかし過ぎて困っています」

「僕がここに残って婿養子になっていても男の子が生まれていたとは限らない。今のご主人でよかったんじゃないか?」

「ええ、すべてうまくいっています。うまくいき過ぎているのかもしれません。平凡ですが平和な生活が続いています」

「それに越したことはない。ここは良い仕事さえあれば住むのにはとっても良いところだ。まあ、冬の雪がなければもっと良いけどね」

「東京も住んだらおもしろいでしょう。いろいろあって」

「ああ、東京へ遊びに来たら案内してあげる」

「ありがとう。そのうちね」

秋谷さんは隣で話している吉田さんと中川さんの会話を聞きつけて二人に話しかけた。

「親の面倒を見るのは大変そうだね。俺は兄貴にまかせている」

そう話しかけると中川さんと話していた吉田さんがこちらを向いて私たちに話しかけてきた。

「次男坊は気楽だな。上野さんのご両親はご健在か?」

「二人とも元気です。父もまだ働いています。私は結婚後も仕事を続けましたが、母が家にいて息子の面倒を見てくれていましたので助かりました。息子も中学生になったのでずいぶん楽になりました。最近は趣味の旅行もできるようになりました」

「東京を案内してあげるから来ないかと誘っているんだけど」

「二人だけで会うのはまずいんじゃないか? 僕も一緒に案内してあげるから声をかけて」

「そうね。そのときはよろしくね」

吉田さんと中川さんはお互いに顔を見合わせて、それはまずいといったような表情をしていた。二人は昔付き合っていた私たちが二人だけで会うのは危なっかしいと思っているに違いない。その時は考え過ぎだと思っていた。

宴会は2時間でお開きになって、二次会のために準備してあった部屋に移動することになった。カラオケも備え付けられているので歌も歌える。話し足りない人たちはそこで話をすればよい。飲み物とつまみも用意されていた。

私たちは二次会の会場でもしばらく話していたが、私はほかの女子とも情報交換をしたかったので、彼とはもう二人で話しをすることを控えた。誰かが高校生の時に流行っていた歌を歌っている。

二次会では私は卒業してからどうしたのか気になっていた人たちとも情報交換ができた。それで話し疲れてきたこともあって引き揚げてきた。これからもう一度温泉につかりたい、そういう気分だった。

◆ ◆ ◆
翌朝、食堂へ行って朝食を食べ終えたときに、秋谷さんに帰りは友人に車で自宅近くまで送ってもらえることになったので、バスには乗らないことを伝えた。ここで別れることになってしまうので、秋谷さんは名残惜しそうだった。

「宴会の時に配った名簿に住所、電話番号、メルアドが載っているから、東京へ来るときは連絡してくれ。案内をしてあげるから」

「ありがとう。そううちに行けたら行くわ、その時は連絡します」

そう言って会場を後にした。
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