君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
いたずらな運命に導かれて
テレビでお天気お姉さんが『この冬一番の冷え込みとなるでしょう』と言っていた夜。

なぜかいきなり海が見たくなった。

でも海は遠いから、近くの川に行こう。

ひとり寂しいアパートを出たところで、すぐにそう思い直す。

海と川は別物だけれど、細かいことは気にしない。それくらい大雑把なほうが、楽に生きられるから。

それに、一週間後には引っ越す予定だし、近隣の地域を散策するのはこれが最後になるだろう。

そう考えるとむしろ川を見に行くべきだという気がしてくる。海が見たくなって外出したのは、いいきっかけになったのかもしれない。

先月、私はたったひとりの家族である母を亡くした。

元々体が弱かった母は、私が十八歳の頃に病に伏し、それから三年間自宅で看病をしたけれど快復しなかったのだ。

『みちる、たくさん苦労をかけてごめんね。今まで本当にありがとう。幸せになってね』

それが母の最期の言葉だった。

心の準備はしていても悲しみは深く、もっとこうしてあげればよかったと後悔に打ちひしがれた。

医療費がかさみ、我が家にはわずかなお金しか残っていなかったから、母は生前、葬儀もお墓もいらないと言っていた。

それでもせめて葬儀くらいはなんとかしたいと思っていたときだった。

桐嶋(きりしま)のおじさまがやって来たのは。

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