まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
プロローグ
「結(ゆい)」

 広々とした和室に置かれた無数の灯篭に囲まれながら、彼の甘い声に優しく包み込まれる。慣れた手つきで解かれていく帯が床につくと、並んで敷かれた布団の上へゆっくりと吸い込まれていき私たちはそっと口づけを交わした。


 つい数時間前まで色づいた一面の紅葉に見守られながら厳かな神前式が執り行われていた。

 白無垢に身を包んでいた私は震える手で支える杯を真っ赤な唇で迎え受けた。綿帽子の陰に表情を隠し、紋付袴姿の彼の隣でバレないように小さくため息をついていたのを思い出す。


 私はただただ天井の木目を一点に見つめていた。

 首元にうずめてくる彼の吐息に一瞬顔を歪めながら、ぱきっと整えられていたシーツにだんだんとしわを刻んでいく。彼の長い指に乱れた髪をなぞられて切長の冷たい瞳に見下ろされた。

 私たちに愛なんてない——。

 ぼんやりと照らされたふたつの影が障子の中でゆっくり重なっていくのを見ながら、つい考えてしまうのは彼の瞳の奥ばかり。あなたの目に私はどう映っているのだろうか。目が合った瞬間すぐに視線は逸らされてしまうのに、彼の手は私の頬に優しく触れる。

 でもこれは偽りの関係。私たちは一年限りの演じる夫婦。

 だって、これはただの契約結婚なのだから。

< 1 / 128 >

この作品をシェア

pagetop