まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
「結ちゃん、お客様よ」

 とある日曜の朝、二階の寝室にいた私は母の穏やかな声に呼ばれて起きた。

 訪ねてきた人物に見当もつかずにいたら、嬉しそうに「だあれ? あの綺麗な男の人」と母はひとりうきうきしていた。その言葉になんとなく嫌な予感がした。

「あ」

 階段を降りていき恐る恐る客間の扉を開けたら予想は的中した。思わず声が漏れた視線の先にはなぜか着物姿で座っている一哉さんがいる。あのホテルで目覚めた日から一ヶ月ぶりの再会だった。

 しかしその真正面にはなぜか父が座っていて、扉を開けたまま呆然と立ち尽くす私の横を何も言わずに通り過ぎていった。

「なんであなたが」

 状況をうまく飲み込めずに混乱する中、一哉さんがすっと立ち上がりこちらに近づいてきた。

「出かけるぞ」
「は?」

 またもやデジャヴのような出来事が起こる。

 腕を掴んできた彼は強引にも外へと連れ出そうとしてくる。こちらは化粧もしていなければ簡単に着替えた部屋着のままだ。それでも強い力には反抗できず、慌てて反対の手で髪を整えていたら車の後部座席に放り投げられるように乗せられた。

「ちょっと……」

 隣に座った彼が運転手の男性に目で合図すると、あっという間に発車した。

「そろそろ誘拐で訴えますよ」
「好きにしろ。でも、それは今日一日を終えてからでも遅くない」

 意味深な言葉に訳がわからなかった。


< 34 / 128 >

この作品をシェア

pagetop