色褪せて、着色して。~悪役令嬢、再生物語~Ⅱ

調律

 一日に一回は太陽様にデートの誘いを受けるようになったのだが、
 ここ2~3日、太陽様の顔を見ていない。
 毎日会っていたのが習慣になっていたから、会わないと「どうしたんだろう」と思ってしまう。
 長期休暇とは言っても、そろそろ本業の国会騎士団に戻ったのだろうか。

 鍵盤を一つ一つ叩きながら、音を確かめる。
 小さな礼拝堂にはグランドピアノが置いてあって、
 礼拝堂を管理している神父様から「どうぞ、ご自由に調律してください」と言われた。
 久しぶりの調律の仕事に思わず「へっへっへ」と声が漏れる。

 私の国にある礼拝堂とは違って。
 この国の礼拝堂はオルガンではなくグランドピアノがどっかーんと置いてある。
 それぞれの礼拝堂には名のある調律師が専属で付いているけど。
 ここの礼拝堂はあまり人が訪れない上に、調律師を雇う余裕がないそうで。
 無償でやってくれるなら、是非と言われた。

 ピアノを好きになるキッカケは、生まれた時から決まっていた。
 生まれてまもなく、赤子は礼拝堂に連れて行かれ、魔力の有無とスペックを確認される。
 私の場合「残念ながら魔力はありません」とはっきりと言われ両親を失意のどん底に落とした。
 魔力がない場合、残すはスペックだ。
 スペックで日常生活を補えるかもしれない。

「お嬢さんのスペックはピアノです」
 
 未だかつてそんなスペックは聞いたことなかったんだと思う。両親は困惑した。
 ただ、父親は「せっかくだから」と言って赤ん坊の私にピアノを与えてくれた。

 スペックがピアノと言っても。
 私は将来、ピアニストになることは許されなかった。
 悪魔でもピアノは趣味の一つとして答えられるように・・・と。

 スペックはピアノ…という予言から。
 多くの人間はピアノを弾くことだと考える。
 私もそう思ってた。
 弾き続けることで、ピアノの腕が上達するのだと思った。
 けど、ピアノの調律が自力で出来たのにはビックリした。
「よっしゃ、こんなものかな」
 ピアノの屋根と呼ばれる部分を突上棒で固定して、ささっと椅子に座る。
 調律をしたピアノを弾く時って緊張とドキドキが走る。

 たまに家にやって来る調律師のおじいさんと仲良くなって。
 調律について教えてもらったのがキッカケだった。
 私のスペックは、ピアノを弾くだけじゃない。
 ピアノを調律する際、ピアノのどこを直せばいいのか。
 私の目からはすぐにわかる。

 鍵盤に手を添えてゆっくりと弾き始める。
 弾いているとき、どんなことを考えているのかと訊かれると。
 その曲の心情をそのまま思い浮かべろと先生に言われた。
 悲しいなら悲しいこと。
 嬉しいなら、嬉しいことを曲に乗せなきゃいけない。

 何曲か弾き終えて満足して立ち上がると。
 ドアの前で太陽様が立っていたので「ぎゃっ」と声を出してしまった。
 いつのまにいたのだろうか。
 まっすぐな目でこっちを見ている太陽様は、どこか幽霊ぽく見えた。
 いつもだったら会えばすぐに「こんにちはー」と話しかけてくるくせに。
 心なしか、目の前にいる太陽様の顔色がすぐれない。
「太陽様? どうしたんですか、こんなところで」
「先生、今の曲ってなんて言うんですか」
「へ、ああ。カノンですか」
 太陽様に言われ、再び同じ曲を弾くと。
 太陽様はまばたきを繰り返した。
「了解です」
「…何がです?」
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