S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす
あなたはビタースイート

 ひぐれ屋は大正元年に創業した老舗旅館だ。最初は屋敷を買い取って宿を始め、昭和に入ると当時の最高の建築技術を駆使して増築していった。徐々に客室を増やし、今は全部で二十五部屋ある。

 一部屋ずつ造りが違った趣のある和室で、当時はそのデザイン性の高さも群を抜いていたらしい。客室は中庭を囲むように建てられているので、どの部屋からも美しい日本庭園を眺められる。

 温泉は三つの大浴場と、貸切風呂が五つある。すべて源泉かけ流しで、露天風呂はもちろん、檜風呂や岩風呂などバラエティーに富んでいて好評だ。

 そんなひぐれ屋は私の自慢の場所であり、今日も若女将としての誇りを抱いて館内を歩き回っている。

 宿泊客がチェックインをしにやってくるのは午後三時から。その前に一度、三十人近くいる従業員が全員でロビーに集まってミーティングをする。

 ここでは仲居ひとりにつき二組のお客様を担当するのが基本。その割り振りや、お客様によって違う食事の時間を確認したり、イベントがある時はそれを周知させたりするのだ。

 特に注意しなければいけないもののひとつは食物アレルギーで、お客様の情報を仲居さんから板前さんまで共有するよう徹底している。

 今も女将である私の母が、きりりとした表情で皆の前に立って話を進めていた。
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