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7. 狼の自覚

(1)

 駿介はペットボトルの水を飲み干したあと、それをぐしゃりと潰し、壁に投げつけた。さて、この怒りを、どうしてくれようか。
 殺してやりたいのはやまやまだが、千真の悲しむ顔は見たくない。

 駿介は、ちっ、と大きく舌打ちをして、ギプスで固定された右腕を、壁に向かって振り下ろす。もちろん、痛くないわけはないのだが、千真の身体を見たあとでは、こんなもの、屁でもない。

「治りが遅くなるよ」

 室内に灯りが点いて、同時に旭が声をかけてきた。

「……悪かったな」

「それは、賀永さんのこと? まぁ、駿介がキレるのも判るし、今日は大目に見るけど、次は俺がいないときにしてほしいね」

「判ってる」

 隣の部屋に旭がいるのを知った上で、千真に手を出したのだ。多少文句を言われるのは覚悟していたが、改めて言われると、少しばかり千真に申し訳ない気持ちも出てくる。

 駿介のスマホに届いた、千真からのメッセージ。本人は旭に送ったつもりだが、その宛先は駿介だった。
 折り返し電話をするも繋がらず、すぐに千真のアパートに向かい、大家に鍵を開けてもらって中に入った駿介は、ベッドで小さく丸まった千真を見つけて安堵する。何気にテレビの奥、自分が応急処置として貼った絆創膏に視線を移し、そのすぐ近くに新しい穴を見つけ、慌てて千真を抱き上げて部屋を出た。

 ギプスを釣っていた三角巾をはずして千真を抱えたが、いくら千真が軽いとはいえ、折れた腕に負荷がかかればそれなりに痛い。
 旭に連絡してアパートの下まで迎えにきてもらい、一緒にマンションに帰ってきたのが2時間ほど前のことだ。
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