双子ママですが、別れたはずの御曹司に深愛で娶られました
1.動き出す時間

「お待たせいたしました。アイスカフェラテです」
「ありがとうございます」
 私は人気カフェチェーン店でオーダーしたドリンクを受け取ると、通りを望めるカウンター席に着席した。
 歩き回ってくたくたで、喉はカラカラ。私は冷たいカフェラテを口に含み、ごくりと飲み込むと思わず息が漏れた。
「......美味しい」
 周りに聞こえないくらいの声でぽつりとつぶやいた。
 カフェに入ると昔を思い出す。
 私、古関(こせき)春奈(はるな)は東京の大学へ通っていたときにカフェでアルバイトをしていた。『カフェ』という響きだけでオシャレなイメージがあり、そこで働けることになった際にはなんだかうれしくなったものだ。その後、就職先もまたカフェに関連する、コーヒーやコーヒーマシンを取り扱う会社だった。
 それが今では地元神奈川に戻り、保険のセールスレディとして働いているのだから、あの頃とはだいぶ環境が変わったものだ。
 懐かしい思い出に浸り、ストローを加えてもうひと口カフェラテを飲む。ガラスの向こう側では、忙しそうに通話をしながら歩いていく人や、友達と楽しそうに笑い合ってる人が途切れず行き交っている。
 そのままぼんやり通行人を目に映していると、ふいにスーツ姿の男性と視線が合った。瞬間、心臓が大きく脈打つ。
 ――うそ。
 彼もまた私と同様に時が止まったように固まっていた。先に動いたのは向こうで、彼はさっきまでの進行方向からカフェへ急転換する。私は咄嗟に席を立ち、飲みかけのアイスカフェラテと荷物を抱えてすぐさま移動した。
 お客さんで賑わう店内を小走りで足を進め、正面入り口ではなく裏口から外に出た。それでも私は歩くのを止めず、走って近くのビルに入る。近くに化粧室の看板を見つけると一目散に逃げ込んだ。
 先客に怪しまれないように平静を装い、パウダールームのスペースへ移動する。鏡の中の自分を向き合い、ゆっくり深呼吸をした。
 落ち着いて。もしかしたら、彼は私の知る〝あの人〟じゃなく見間違えだったかもしれない。私がいるカフェへ方向転換した気がしたのも、勝手な思い込みでそう見えただけ、とか。そうだよ。だってここは東京じゃないもの。
 彼は今も東京にいるはず――。
 何度も胸の中で言い聞かせて、ゆっくり瞼を下ろす。その後、スマートフォンが振動し、我に返って気持ちを切り替えた。
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