密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
1 出会いから一夜の過ち
亡くなった祖母の財布の中から見つけた名刺を頼りにやって来たのは、駅から徒歩数分の繁華街にある複合高層ビル。

五階までが商業施設、六階から十二階は事務所、さらにその上、十三階から最上階の二十三階まではマンションになっている。

私はエレベーターに乗り込み、気圧の変化を感じながら一気に十二階まで上がった。

エレベーターを降りるとガラス張りのドアがあり、ドアに描かれた『S・K法律事務所』の文字が目に入る。

「ここだ……」

その白い文字と、片手に握りしめた名刺を見比べつぶやいた。

私、石橋(いしばし)春香(はるか)、二十七歳は三カ月前から谷のどん底にいて、一向に山へ向かう気配がない。谷というかたぶん海溝よりも深い地獄にいる気分だ。

百六十センチちょっとの身長は、下ばかり見て歩くようになったせいかこの三ヶ月で縮んだ気がする。体重も平均よりやや落ちたかもしれない。

美容院はご無沙汰でセミロングの黒い髪は伸び放題、夜なかなか眠れなくて二重まぶたの目の下にはうっすらと隈ができている。

はあ……。どうしてこうも悪いことが重なるのだろう。
この三ヶ月の間に私は天涯孤独になり、仕事も失った。

ガラス張りのドアの向こうのオフィスでは、スーツ姿のスタッフたちが忙しなく働いている。

自分が置かれた環境と、目の前に広がるいきいきとした光景とのギャップに気後れしながらも、私は一歩踏み出した。

「すみません。十時に予約をした石橋です」

受付にいた女性に声をかける。

「石橋さんですね、こんにちは。こちらにどうぞ」

明るい笑顔で迎えてくれた女性の後をついて廊下を歩いた。
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