ツンデレ副社長は、あの子が気になって仕方ない
3. 織江side 実家と紫陽花と消えた庭


――副社長、お急ぎになりませんと、社長とのお打合せの時間に遅れてしまいます。

今朝のエントランスゲート前。
高橋さんに促されて、背を向けた副社長。

その直前、何かを言いかけていたような……

きっと気のせい、だよね。
その後もフロアで何度か見かけたけど、特に声をかけられることはなかったし。

正体がバレたわけじゃなくて、ホッとするところなのに。
ちょっとだけドキドキしたりして。バカな織江。

恋心ってやつは、ほんとに厄介――……ねぇ、お母さん。


頭上で優しい光を放つ丸みを帯びた月へ苦笑いを向けてから、私はまた、仕事帰りの疲れた足をせっせと前へ運んだ。

そこは世田谷区内――おそらく日本でも指折りの高級住宅が立ち並ぶ一角だ。
どの家も高い塀で囲まれ、内側がまるきり見えない。
話し声も物音も聞こえないから、在宅中なのかどうかすらわからない。

そんな要塞みたいな豪邸に囲まれた夜道を一人で歩くのは、いくら生まれ育った場所とはいえ、あまり楽しい気分じゃない。
夜の散歩にはちょうどいい季節だからと、タクシーを使わなかったことを後悔しつつ歩き続けること15分余り。ようやく古びた黒塀が現れる。

ホッと息を吐いて塀を辿り、武家屋敷の入口かという大げさな観音開きの門にたどり着いた。

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