ツンデレ副社長は、あの子が気になって仕方ない
6. 織江side 想定外の展開へ


翌朝。
身支度を整えた私は、スマホの中に派遣会社の担当者の連絡先が入っていることを確認し、それを通勤用のカバンへしまった。

――バレてないと思ってたのか?

昨日はあの後、女子トイレに駆け込んで号泣してしまった。
だって……

――んなの最初からに決まってる。最初に、バーで声をかけられたときから。

あれってつまり、私を山内織江だとわかっていて、その上で抱いてくれたってことでしょ? 逆ナンしてきた見知らぬビッチじゃなくて、冴えないアシスタントだってわかってて……

それってすごいことよね?

信じられないくらい嬉しかった。
嬉しくて幸せで、涙が止まらなかった。

もう十分だ。十分すぎるぐらい。
これ以上傍にいたら……私はきっともっと欲張りになってしまう。

そもそも副社長相手にあんなことしたのだ、クビは間違いないだろうし。
その前に、自分から身を引くべきだろう。

幸いちょうど契約更新の時期だし、それほどモメることはないはず。
次の仕事をどうするかは、もう少し考えるとして。
ノリちゃんにだけは、落ち着いてから事情を説明したいけど……――などと考えていた時だった。

ピンポーン

朝のどこかのんびりした空気を断ち切るように、突然1DKの空間にインターホンの音が響き渡り、ビクッとしてしまった。

え、誰? こんな朝っぱらから。

家賃重視で選んだアパートには、オートロックなんて便利な機能はついていない。つまり、すでにこの部屋の前には誰かがいるっていうことだ。

こんな時間に訪ねて来るなんて、高確率で面倒な客に間違いない。居留守を使った方がいいんじゃないか、とそのまま固まっていると、そんな私の気持ちを見透かしたように再びピンポーンと音がする。

仕方なく、足音を忍ばせて玄関へ近づいた。
怪しい人だったら絶対居留守だ。そう決めてドアスコープからこっそり外を覗き込む――するとそこには、私もよく知っている人物が映っていた。

「た、高橋さんっ?」

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