エリートSPと偽装婚約~守って、甘やかして、閉じこめて~
ずっと好きだった
ホテルを出ると、慧さんとは慌ただしく別れた。
慧さんも名残惜しそうにしてくれて、今度改めてちゃんと話をしようと言われたが、そのまま仕事が立て込んでいるのか、次の日もその次の日も会えなかった。
そのまま、会えない日が続く。
一夜を過ごした途端に会えなくなるなんて、なんて不条理なんだろう。
もう興味がなくなったのかも。

あの人がそんなこと思うわけないとわかっているのに、顔を見れないだけでマイナスの気持ちに支配された。


『悪い、ちょっとやっかいな仕事が立て続けに入って、なかなか会いにいけなくて』

電話で申し訳なさそうにする。

「悪いだなんて、お仕事を優先するのは当然だよ」

本当に? と聞き返したくなるのを堪えて、わたしは何も気にしていない風を装った。

すっかり彼女気取りだな、と自嘲する。

『すぐに会いに行く。もう少しだけ待っていて』

甘い言葉は切なさを募らせる。
一度体を重ねてしまったためか、余計に苦しい。

前よりもっと好きになっていた。

本来ならばとても忙しい人。今まで頻繁に会えていたのが不思議なくらいなのだから、わがままは言ってはいけない。
電話を切るのも名残惜しく、真っ暗になったスマートフォンの画面をいつまでも眺めていた。


慧さんと会わない代わりに、理央はわたしの寂しさをわかってか、頻繁に電話をかけてくれる。
人恋しさが埋められて、理央の電話は嬉しかった。

『明日も講義休むの?』

スマートフォンのスピーカーからは、理央の複雑そうな声が届いた。

「うん……お父さんもお母さんも送迎の都合がつかなくて。出席日数は余裕あるし、少しだけ……」

『大学内なら、わたしがいるから大丈夫だよ。わたし詩乃に会いたい。おじさんも梧桐さんも動けないなら、わたしが迎えに行くよ』

「ありがとう、もし理央になにかあると嫌だから……」

『そんなの、わたしは大丈夫なのに……』

不満そうな理央にごめんと謝った。
本当はお父さんは動ける。
けれど、わたしがなんとなく足踏みをしていた。

お父さんもお母さんもホテルでの出来事を知っていて、気持ちが落ち着くまでゆっくりするといいと言ってくれた。

外へ出るのが怖い。
たくさんもらった筈の勇気が萎んでいる気がした。

(慧さんが大丈夫だよって行ってくれたら平気なのに)

甘えた考えの抜けない自分に笑ってしまう。

(だから、甘えちゃ駄目なんだってば……)

声が聞きたいのに、自分からは電話もできない。
電話をして、何を話すの?
わたしとちゃんと付き合って欲しいと、泣きつくの?

わたしが慧さんに唯一できることは、この気持ちを我慢することだ。

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