エリートSPと偽装婚約~守って、甘やかして、閉じこめて~
俺がいるから大丈夫
あとは若い二人で、というのはお見合い時の定番のセリフと思っていた。
まさか自宅で突然言われるとは。

梧桐慧。三十三歳。警視庁警備部警護課所属の、要人警護などをする特殊部隊。世間では、いわゆるSPと呼ばれるお仕事の人だ。

慧さんのお母さんはジュエリーデザイナーだそうだ。元々ジュエリーブランドの企業の娘で、梧桐のおじさんは気に入られて婿入りした。逆玉の輿って呼ばれるものだ。
慧さんは母方の実家の企業に入っても、父の背中を追ってもどちらでも良かったらしく、幼いころから尊敬していた父親の背中を追うことになったらしい。

ようするに、慧さんは御曹司でもあり警視庁のエリートでもある。
そんなすごい人が、どうしてわたしなんかと結婚してもいいって思えたんだろう。

なぜかわたしは今、自室に彼とふたりきりでいた。

お客様用の椅子などないので、鏡台の椅子に座って貰い、わたしはベッドへちょこんと座った。

初めて顔を合わせた男の人とふたりきりなど、経験がない。
こういう時はどうしたらいいのか。わたしより人生経験があるのだから、会話くらい多少リードして欲しいと思うのに、彼は何を考えているのかずっと黙ったままだ。

あまりにも気まずい。
黙っていると、怒っているみたいでちょっと怖い。

ドラマなどで、よく見聞きする見合いの定番を思いだす。
たしか散歩だ。
少しお庭で散歩でもといった感じで、ホテルや料亭の庭園を二人で楽しむんだ。

自宅の庭でも盗撮されたことがあって、家から出ることにさえも抵抗があった。またどこからか見られているのかもと思うと落ち着かない。

しかし、このまま部屋にふたりきりでは間が持たない。思い切って、外へと誘うことにした。

「あの、外に……その、お庭でも散歩しませんか? 父の自慢の庭なんです」

天笠家の庭は豪華だ。
自宅より庭にお金をかけている。
庭はゾーン分けされており、和風も洋風も楽しめる。ガーデニングのDIY雑誌や、庭園紹介でも特集を組まれることがよくあり、業界内では有名な庭であった。

庭が素晴らしいのは、お父さんが花屋の社長だからではなく、花を心から愛しているからだ。

仕事でもずっと植物に触れているのに、毎日手入れを怠らない情熱を持っていて、世話のおかけか四季の花々が咲き誇る。わたしも生まれたときから花に囲まれて育ち、とても好きな空間だ。

「自宅の庭なら怖くはないのか」

「え?」

「これまでの、ストーカーに関する報告書を見せて貰った。盗撮もあったし、敷地内に物を投げ込まれたこともあった。
防犯カメラを増設したとはいえ、外は怖いだろう」

驚いて息を飲む。

「詳しいんですね」

「勿論だ。俺は君を守るためにここに来たのだから。経緯と被害は頭にたたき込んでいる。話し合いならここで大丈夫だ」

「ありがとうございます……突然こんな話になってすみません。父が、無理を言ったんじゃないですか? わたし、今からでもお断りしてきます」

問題ないといっていたが、こんな理由で結婚相手が決まってしまっていいわけがない。

「ーーーーいや、俺は好都合だ。このままで」

慧さんは部屋を出ようとするわたしを遮った。
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