モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!

6

 着替えて晩餐の席へ着くと、すでに待機していたグレゴールは、私をまじまじと見た。
「今夜の食事は、お前が作ったと聞いたが」
「そうなのよ」
 私よりも早く反応したのは、メルセデスだった。
「厨房をのぞきに行ったら、とても手際が良いのですもの。びっくりしたわ。きっとお味も期待できるわね」
「大したことはありません。でも、こちらには衣食住をお世話になっている上、ダンスや教養のレッスンも受けさせていただきましたから、恩返しをしたかったのです」
 本音だった。早速給仕が、料理を運んで来る。まずは、スープだ。グレゴールとメルセデスは、一口食べて顔を見合わせた。
「美味いな」
「上手じゃない。ハルカ、すごいわ!」
 黒い瞳をしばたたかせて頷いている様子は、姉弟そっくりで、私は嬉しいのと同時に可笑しくなった。続いての焼き魚やサラダも、二人は満足そうに食べてくれた。
 食事が終わると、グレゴールは席を立って私のそばへ来た。おもむろに私を見つめると、彼は唐突に言った。
「ハルカ。お前は、嘘つきだな」
「――はい!?」
 グレゴールの表情は大真面目で、私は彼の真意を測りかねた。
「得意なことは無いと、この前言ったではないか。実際には経済の心得もある上、こんな特技まである」
「いや……、前の世界では、これくらい普通でしたから……」
 もごもごと答えると、グレゴールはふっと笑った。
「冗談だ。お前に自信が無さすぎるから、苛立っただけだ。あまり卑屈になるな」
「ありがとう、ございます……」
 ふと、以前の世界でのことを思い出す。モテるために、できもしないのに料理上手をアピールする女の子もたくさんいたけれど、私は本当に頑張っていた。料理教室にも、熱心に通ったものだ。努力を認めてもらえたようで、私は嬉しくなった。
 しみじみと回想していると、グレゴールはふと険しい眼差しになった。
「ハルカ。お前、その手はどうした?」
 言うなり彼は、私の手を取った。
「……あ」
 料理に熱中したせいで、ネイルがぼろぼろになってしまったのだ。怪訝そうに近付いて来たメルセデスも、顔をしかめた。
「まあ、綺麗な爪だったのに! それは、直せるのかしら?」
「いえ、材料がそろっていないので、無理かと。剥がすしかないですね……」
 この世界に、ジェルネイルの材料など無いだろう。中途半端に剥げているよりは、全て剥がしてしまおうと思ったのだが、メルセデスはひどく残念そうにしていた。
「舞踏会で、きっと注目されると思ったのに! それに合わせたヘアメイクも考えていたのよ、私」
「お気持ちはありがたいですけど、いずれは剥がれるものですから」
 とは言いつつも、私も内心落胆していた。舞踏会までこの爪をキープしようと、頑張って手入れしていたからだ。ハイジだって、手伝ってくれたのに……。
 グレゴールは、そんな私たちをじっと見ていたが、不意にヘルマンを呼びつけた。
「馬車の用意をしてくれ。ハルカを連れて、今から出かける」
「え、今からですか?」
 私は目をぱちくりさせた。ここへ来てから外出なんて、初めてなのだけれど。それも、こんな夜に。
「一体、どこへ……?」
「付いて来ればわかる。支度しろ」
 さっぱりわけがわからないまま、私は上着を取りに、自室へ向かったのだった。
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