モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!

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 グレゴールに連れて行かれたのは、繁華街のような場所だった。何だかよくわからない巨大な建物の前で、馬車を降りるよう促される。
「あの、ここって……?」
「いいから付いて来い」
 建物内に入ると、中は広いロビーとなっていた。天井は高く、絢爛豪華な装飾があちこちに施されている。床には、上等そうなふかふかの絨毯が敷き詰められていた。
 片隅には、受付らしき空間があった。グレゴールは、私を連れてずんずんそこへ進む。立っていた男性は、私たちを見て愛想良く微笑んだ。
「二名様でいらっしゃいますか」
「いや、芝居を観るのではない。ここのメイク担当者に用があって来た。責任者に、ハイネマン家のグレゴールと言えばわかる」
「かしこまりました」
 男性は、とたんに緊張した面持ちになると、どこかへ消えた。遙か遠くの方からは、微かに拍手が聞こえてきて、どうやらここは劇場らしいとわかる。
 男性はすぐに戻って来ると、「ご案内いたします」と告げた。彼に続いて歩いて行くと、やがて地下へ到達した。暗い小部屋へ通される。中では役者風の人々が、慌ただしく着替えたり、化粧を落としたりしていた。
(楽屋……?)
 そこへ、初老の男性が駆け寄って来た。グレゴールに向かって、恭しく礼をする。
「ハイネマン様。このような場所まで、わざわざお越しいただきまして」
「こちらこそ、急にすまない。化粧を担当している者を、一人貸して欲しくて来た」
 グレゴールは、てきぱきと語った。
「化粧なら、私が担当ですが」
 話を聞きつけたのか、一人の若い娘がやって来る。グレゴールは、彼女に向かって告げた。
「君は普段、役者に爪の装飾をしているだろう? 彼女に、してやってくれないか。もちろん、報酬は弾む」
「グレゴール様!?」
 そのために連れて来たのか、と私は驚いてグレゴールの顔を見た。彼が、こともなげに言う。
「我が国では、そのように爪に装飾を施す習慣が無い。だが唯一、舞台役者だけは演出で行う場合があると、思い出したのだ。だから、ここへ来た」
「で、でも! そこまでしていただくわけには……」
 劇場のメイクさんに特別にやってもらうのだから、きっと相当のお金がかかることだろう。私は恐縮したのだが、グレゴールはけろりとしていた。
「我が屋敷の料理番が本来の役割を果たせなかったことで、お前の爪が損なわれたのだから、俺は当主としての責任がある。遠慮なく、好きなデザインにしてもらえ」
「ありがとうございます……」
 固辞するのも悪い気がして、私は彼の言葉に甘えることにした。
(それにしても、機転の利く人よね……)
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