モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!

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「待って、セシリア……!」
 絶叫も空しく、セシリアは廊下を疾走して行く。私は、まとわりつくウォルターをどうにか振り払うと、部屋を出て扉を閉めた。
 大急ぎでセシリアを追いかけるものの、ドレス姿ではなかなか速度が出ない。必死で走っていると、突き当たりが見えて来た。
(やった、これで仕留められる……)
 だが、安堵したのは束の間だった。廊下の先には、小窓があったのだ。セシリアは、華麗に跳躍すると、僅かな隙間から外へと飛び出してしまった。
(窓、閉めておけよ!!)
 一瞬、自分の過失を棚に上げて、私は八つ当たりしそうになった。これは、非常にまずい。何やら特別な存在らしき聖獣を、逃がしてしまったのだから。
 私は、最寄りの通用口から、すぐに外へ出た。そこは裏庭らしかった。四阿がぽつんとある他は、何も無い、静かな雰囲気だ。ぐるりと見回したが、セシリアの姿は見えなかった。
「セシリア! いえ、セシリア様。出て来てくださいませ!」
 草むらをのぞき込んでは叫んでいると、不意に背後で、ガサガサと音がした。
「セシリア様!?」
「ああ、セシリアっていうんだ、あの子」
 そう言いながら、裏庭に入って来た人物を見て、私はハッとした。エマヌエルだったのだ。彼は、私を見るとへらっと笑った。
「聖獣なら、無事保護したよ。安心して」
 エマヌエルが、庭の外を指す。そこには、質素な馬車が停まっていた。
「ありがとうございます、あの、聖獣を返して……」
 なぜエマヌエルがここにいるのか、という疑問も覚えたが、セシリアを部屋に戻す方が先だ。私は馬車の方へ向かおうとしたが、彼は私の腕をつかんだ。
「保護したと言ってるんだから、そう焦らなくてもいいだろ。この前の舞踏会では踊ってもらえなかったんだから、代わりに今日、付き合ってくれない?」
「付き合うというのは……?」
 エマヌエルのラベンダー色の瞳は、何を考えているのかわからない不気味さをたたえていて、私は眉を寄せた。
「別に、変な真似はしないよ。遊びに行こうって誘ってるだけ。あんなくそ真面目なグレゴールと一緒にいたら、息が詰まるだろう?」
 そう言いながら、エマヌエルは空いている方の手を、私の腰に滑らせているのだけれど。これが変な真似でなくて、何だと言いたい。
「君、あれ以来、全然夜会に姿を現さないんだものなあ。グレゴールが、許さないんだろう? 手紙も送ったけど、どうせ渡ってないでしょ。番犬グレゴールが、握りつぶしたに決まってる」
 確かに、手紙など受け取っていない。ピンときた。グレゴールは、私を守ろうとしてくれたのだろう。
 そしてそれは、感謝すべきことだった。私だって、エマヌエルと関わりたくなどなかったから。ベネディクトやカロリーネと関係が無かったとしても、彼のようなタイプは、まっぴらごめんだ。今現在、腰に回されている手も、気持ち悪くて仕方なかった。 
「今日はようやく外出してくれたから、チャンスだと思ったよ。グレゴールも、目を離してくれたし」
 え、と私は思った。
「もしかして、エマヌエル様がこの離宮に来られたのって……」
「屋敷から後を尾けているのには、グレゴールも気付かなかったようだね。オンボロ馬車で偽装した甲斐があった」
 ストーカーかよ、と私はぞっとした。
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