モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!

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 その後エマヌエルは、渋々ながらもセシリアを返してくれた。榎本さんは泣かんばかりに喜んでセシリアを抱きしめ、私もひと安心した。
「特に危害は加えられていないそうです」
 セシリアから話を聞いた榎本さんは、グレゴールにそう報告すると、聖獣について私に説明してくれた。
 榎本さんいわく、二匹の聖獣は、王家を守るとはいえ、常にこの世界に存在しているわけではないのだそうだ。イルディリア王国内で何らかの災厄が起きた時のみ、招いて解決を乞い願うのだとか。今回はつまり、クリスティアンの病である。
 そして、聖獣たちと対話ができるのは、召喚された聖女だけだという。
「この痣、聖獣たちを表したものだったんだよ」
 榎本さんは私に、手首を見せた。召喚当初に見た時も思ったが、間近でよく見ると、確かにそれは、ウォルターとセシリアをかたどったものだった。聖獣への敬意を表して、イルディリア王室は、彼らの姿を紋章としたのだという。
「本当に、ゴメン! 実は、動物好きってアピールしてたのは、嘘だったんだ。本当は、苦手で」
 私は、何度も彼女に謝罪した。
「ううん。確かに、無責任に人任せにしたのは、私だし。嘘の情報で騙されたのも、軽率だった」
 榎本さんは、寛大にもそう言ってくれたが、グレゴールは硬い表情のままだった。
「マキ殿。今回の件は、クリスティアン殿下に速やかに報告した。エマヌエル様の手先となった侍女は処分した上で、離宮の警備体制を強化するということで、殿下のご了承をいただいている。そして、エマヌエル様はああ仰っていたが、マキ殿が責任を問われることはないので、安心していただきたい」
「そうなのですか? エマヌエル殿下は、引き下がってくださるのでしょうか。グレゴール様の責任まで、追及しようとなさっていましたが……」
 榎本さんが、不安そうにする。私も同じ思いだったが、グレゴールはこう言い出した。
「エマヌエル様は、王太子殿下の健康状態について中傷し、私欲で聖女を呼び出すという勝手な行動をなさった。罰せられてしかるべき事実だ。それをチラつかせたところ、おとなしくなりましたよ。お互い黙っているのが賢明と、さすがの彼も理解したようで」
 私たちは、ようやく胸を撫で下ろした。グレゴールが、じろりを私を見る。
「と、いうわけだ。帰るぞ、ハルカ」
「はい……」
 もう一度榎本さんに謝ると、私はグレゴールに連れられて離宮を出たのだった。
 一件落着したというのに、グレゴールの表情は険しいままだった。馬車に乗り込んでからも、一言も口を利こうとしない。私は、気まずい気分で屋敷への道を揺られ続けた。
 屋敷に帰り着くと、私は挨拶して自室へ引っ込もうとしたが、グレゴールは呼び止めてきた。応接間へ私を連れて行くと、彼は私を見すえて怒鳴った。
「なぜ、動物が好きだなどと、くだらぬ嘘をついた!」
「すみませんでした」
 私は改めて謝罪したが、彼の機嫌はなかなか直らなかった。
「嫌いなら嫌いと言えば、済む話であろうが。愚かにも、程がある!」
「前の世界では、動物嫌いな人間は好かれなかったんです」
 私は、おそるおそる訴えた。
「心が冷たいとか、そういう偏見の目で見られたりして。だから、つい……」
「何だ、それは。くだらん」
 グレゴールが、吐き捨てるように言う。そこへ、何事かとメルセデスが駆け付けた。事情を聞いた彼女は、取りなしてくれた。
「グレゴール。ハルカのいた世界は、価値観が全く違うのだから。そう頭ごなしに怒らないであげて。……ハルカ、ここではそんな偏見は無いわよ? 嫌いなら嫌いと言えばいいわ。実を言うと、私もそうなの」
「メルセデス様もですか?」
 私は、意外に思った。ええ、とメルセデスがあっさり頷く。
「匂いが、まず苦手なのよね。それに、時々予測不能な動きをするじゃない? あれがどうにも好きになれないの」
「ああ、私も同じです」
 親近感を覚えてほっとした私だったが、そこへ再びグレゴールの怒声が飛んだ。
「和んでいる場合か!」
「申し訳ありません!」
 私は、縮み上がった。
「全て、私の責任です。もしエマヌエル様が何か言ってこられたら、私が全ての処分を受けますので……」
「処分がどうのと、そういう問題ではない」
 グレゴールが、苛立たしげに答える。私は、首をひねった。
「では、何を怒ってらっしゃるのです?」
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