モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!

12

「お前が、俺の忠告を聞かないからだ」
 グレゴールは、ぎろりと私をにらんだ。
「エマヌエルには気を付けろと、あれほど言っていただろう。それなのに、奴の戯れ言を信じて、ほいほい誘いに乗るなど……」
「ほいほい乗ってはいません。聖獣のためだからと……」
「俺が何のために、奴をシャットアウトしたと思っている!」
 次の瞬間、私は縮み上がった。グレゴールが、テーブルを力任せに殴りつけたのだ。メルセデスも、そばで唖然としたのがわかった。
「あの舞踏会で、お前の存在は評判になった。容姿、ダンスの技術、礼儀正しい振る舞い……。正直あの後、お前宛てに、夜会の招待状は多く来た。だが俺は断った。退屈させて気の毒だとは思ったが、エマヌエルがお前を付け狙っているのを知っていたからだ」
「手紙も、いただいたのですよね? 今日、エマヌエル様が、そう……」
「ヘルマンに命じて、処分させた。何だ。まさか読みたかったのか」
 グレゴールが、いっそう目をつり上げる。いえ、と私は小さく答えた。
「エマヌエルの手紙なんか読んだら、せっかくの学習の成果が台無しになるわよ。何せ、文法がめちゃくちゃなのだから」
 場の雰囲気を和らげようとしてか、メルセデスはそんな軽口を叩いたが、グレゴールの険しい表情を見て押し黙った。
「なぜそこまでしたか、わかるか」
 グレゴールが、静かに尋ねる。テーブルを殴りつけた拳は、まだ震えていた。よく見れば、真っ赤に染まっている。これほど感情を露わにした彼を見るのは初めてで、私は戸惑った。
「エマヌエルは、ただの遊び人ではない。一度目を付けた女は、どんな手段を使ってでも自分のものにするんだ。うかうかしていると、手込めにされるぞ」
「手込め?」
 耳慣れない言葉に、私はきょとんとした。グレゴールが、苛立たしげにわめく。
「暴力で、女の体を自由にするということだ!」
(レイプってこと……?)
 さすがに、私は青ざめた。今日の強引な態度や、ストーカーぶりが思い出される。感じた不気味さは、杞憂ではなかったのか。
「まったく、それなのにお前は……。よりによって、体を触らせるなど。どう言い訳しようが、OKとみなされるぞ!」
「だから、それは……」
 私がうつむくと、メルセデスは励ますように肩を抱いてくれた。
「まあ、まあ。取りあえずハルカに言えることは、自分の主義主張を、ハッキリ伝えましょう。この世界では、気のない相手には、ストレートにノーを突きつけるのが基本なの。体に触れられても抵抗しないなんて、その気アリとみなされても仕方ないわ」
 やはりそうなのか、と私はしゅんとした。でも、とメルセデスがグレゴールを見すえる。
「異世界の、それも王族が相手とあらば、ハルカが勇気を出せなくても当然よ。そこは、グレゴール、あなたも配慮してあげないと」
 グレゴールは、返事の代わりに深いため息をついた。私は、そっと彼の手を取った。
「触るのが良くないのは、わかっています。でも、誤解しないでください。手当てをして差し上げたくて……」
「結構だ」
 グレゴールは、静かに私の手を振り払った。そのまま彼は、部屋を出て行ってしまった。
 二人になると、メルセデスは困ったような顔で私を見た。
「何だか、悪かったわね。あの子は、どうも頭が固いところがあって」
「いえ、私が愚かで軽率だったんです」
 私は、かぶりを振った。弁解するように、メルセデスが続ける。
「家庭環境もあるのよ……。私たちの父親は、厳しい人だったから。特にグレゴールのことは、家を継ぐ立場だからと、それは熱心に教育したの。国王陛下や王太子殿下のため、国のために尽くすことが、我がハイネマン家の使命だと……。だからグレゴールは、それしか頭に無い男に育ってしまったわ」
 ふう、とメルセデスがため息をつく。
「でもね。グレゴールは、少しはわがままを言ってもいいと、私は思っているの。自分を押し殺してばかりではなく、時には自分が望むものを欲してもいいと思うわ」
 メルセデスは以前も似たようなことを言っていたな、と私は思い出した。恋愛にも目を向けて欲しい、と語っていたっけ。すると彼女は、ふと私の顔を見た。
「……まあ、まずは、自覚することかしらね」
 私は、きょとんとした。
「あの、それはどういう……?」
 メルセデスはそれに答えることなく、黙って微笑んだのだった。
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