モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!
第七章 まさか牛丼がウケるとは

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 それから一週間後、私はグレゴールと共に、再び離宮へと向かっていた。

 グレゴールが言った通り、エマヌエルはあれ以上騒ぎ立てることはしなかった。警備体制も強化されたそうで、グレゴールとしては、改めて私をクリスティアンに売り込むつもりなのだろう。

「着いたぞ」

 物思いにふけっていると、グレゴールが声をかけてきた。

「あ、はい!」

 慌てて、馬車を降りる準備をする。一段落したというのに、グレゴールの態度は相変わらずそっけなくて、最近の私は対応に苦慮していた。

「その荷物は何だ?」

 私が抱えている大きめの籠を見て、グレゴールは怪訝そうな顔をした。

「マキさんへの、プレゼントです」

「そうか」

 あっさり頷くと、グレゴールは馬車を降り、スタスタと歩き出した。また榎本さんの部屋へ直行するのかと思いきや、グレゴールが私を連れて行ったのは、例の裏庭だった。

 四阿では榎本さんが、くつろいだ様子でベンチに腰かけていた。彼女は、私を見ると陽気に手を振った。

「来た来た! 北山さん、こっちだよ~」

 榎本さんの膝には、セシリアがちょんと乗っていて、足元ではウォルターが、気持ちよさげに寝そべっている。私はぎょっとした。

「グレゴール様!? 聖獣様たちを、外へ出したりして、平気なのですか!?」

「警備を強化したと言ったろう。俺も近くで待機しているし、問題無い」

 グレゴールは、こともなげに答えた。見れば確かに、裏庭周辺には、多くの衛兵の姿が見える。それにしたところで、わざわざ外へ出さなくてもと思ったのだが、グレゴールはさっさと宮殿内へ引っ込んでしまった。

「榎本さん! どうしてまた、今日はここで?」

 彼女の足に鼻をこすりつけているウォルターのことは見ないふりで、私は慎重に彼女に近付いた。

「この子たち、外の空気を吸いたかったみたいなんだよね。何かあったら大変だからと、ずっと私の部屋に閉じ込めてきたけど、どうやらそれが窮屈だったらしくて」

 それで脱走したのかよ、と私は恨めしくセシリアを見つめた。

「グレゴール様が、警備の手配をしてくださったことだし、たまにはこうして外で過ごすのもいいかなって。今日は、天気も良いしね。ほら、北山さんも座って」

 ベンチの隣を指し示され、私はおそるおそる腰かけた。ところがその途端、ウォルターがクーンと鳴きながら、すり寄って来るではないか。私は、きゃっと飛びのいた。

「大丈夫だよ! ウォルターは、北山さんに甘えてるだけ」

 言いながら榎本さんは、ウォルターに何事か囁いた。心得たとばかりに、ウォルターが動きを止める。

「この世界へ来てから、関わる人間は私くらいだったから、退屈してたみたいなんだよね。北山さんが来てくれて、ちょっと興奮しちゃったらしくて」

 補足するように、榎本さんが説明する。それで私に興味を示していたのか、と私は納得した。 

「いえ……、こちらこそ、というか。動物の扱いに慣れていなくて、ごめんなさい。そう伝えてもらえるかな?」

 榎本さんが、再びウォルターに囁く。ウォルターは、おとなしく彼女の足元へ戻った。

「まー、動物って言っても、普通の動物とは違うしね。あまり警戒しなくても大丈夫だよ。逆に、私は敵意無いよってアピールしてあげた方がいいと思う」

 そう言うと榎本さんは、膝に乗せたセシリアを撫でた。セシリアは、しっぽを振りながら、私を見つめている。リアクションに戸惑っていると、榎本さんが説明してくれた。

「まだ少し、北山さんに怯えてるかな? ちょっと触ってみる? 無理にとは言わないけど」

 迷ったけれど、私はセシリアの背中にそっと手を伸ばした。柔らかくて、温かい。ためらいがちに撫でれば、セシリアはごろごろと喉を鳴らした。

「あ~、喜んでるね。よかった、よかった」

 榎本さんが、満足そうに頷く。私も、ほっとひと安心した。

(聖獣様たちとのコミュニケーションも、少しだけ進歩したことだし、ひとまずはこれで)

 自分でそう締めくくると、私は持参した籠の覆いを取った。

「はいこれ、榎本さんに差し入れ。この前は、迷惑をかけたからさ。お詫び」

 中をのぞき込むと、榎本さんは一瞬きょとんとしたものの、すぐに歓声を上げた。

「え、まさか、これ……」

「そう。牛丼……、じゃなくて、牛丼風サンドイッチ? みたいな」

 会社時代の榎本さんは、牛丼が大好きで、よく一人で牛丼屋へ行っていたのを思い出したのだ。それで再現しようと思ったのだが、あいにくこの国では、米は食べられていない。それで、苦肉の策としてパンで挟んでみたのだ。
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