モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!
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カロリーネが、こちらを見ている。何か言われるかと思ったが、彼女はスッと席を立った。
「面白いお芝居だったわね。じゃあ、私は彼女たちと帰るから、これで」
それだけ告げると、カロリーネは拍子抜けするほどあっさりと、取り巻きの令嬢たちの元へ行ってしまった。私は、ほっとした。
(ま、始まる前にあれだけガツンと言われたら、当然か……)
「落ち着くまで、少し待つか?」
グレゴールは、あくまでも気遣ってくれる。もう涙は止まったというのに、彼はハンケチを手にしたままだ。
「そう……、ですね」
私は頷いた。帰ろうと思えば、帰れる。けれど、グレゴールが隣にいてくれるこの時間を、少しでも引き延ばしたかったのだ。
(帰りの馬車でも、屋敷でも一緒だというのに。わがままだな、私……)
「まあ、興味深い芝居ではあったがな」
次々と帰って行く観客たちを眺めながら、グレゴールは呟いた。
「主人公の男は、勇気ある決断をしたことだ。主君よりも、自分の恋を選ぶとは……」
グレゴールは、何かに思いを馳せる眼差しをしている。私は、意外に思った。彼が恋愛物の芝居に、それほど興味を持つとは思わなかったのだ。そういえば最中も、熱心に鑑賞していた気がする。
「……もう、大丈夫です」
客席が空になる頃、私はようやく重い腰を上げた。これ以上居座るのは、劇場側に迷惑だろう。
「そうか?
「はい、すみません。今日は、連れて来ていただいてありがとうございました。楽しかったです」
無理やり笑顔を作れば、グレゴールはほっとしたように微笑んだ。
「それならよかった。甲斐があったというものだ」
連れ立って、ロビーへと出る。すると、二人の若い娘たちが駆け寄って来た。見覚えがある。カロリーネの取り巻きたちだ。カロリーネ本人と他の取り巻きらは、もう帰ったらしかった。
「ハルカさん! ちょっとよろしいかしら? 爪のことで、少しご相談がありますの」
彼女たちは、にこやかに私を見つめた。
「爪?」
「ええ。先日の舞踏会で、ハルカさんの爪が素敵だと、話題になりまして。そこで私たちも、この劇場のメイクさんにお願いすることにしましたの」
へえ、と私は目を見張った。そういえば、噂していたっけ。
「鑑賞を終えて、今からいよいよ装飾を施してもらう約束なのですけれど……。ハルカさん、アドバイスをいただけませんこと?」
「私が、ですか?」
ええ、と令嬢たちは頷き合った。
「何分、爪を飾るなんて初めての経験ですもの。その点、ハルカさんの先日のデザインは、実に素敵でしたから。私たちにも、似合う装飾を教えていただきたいのですわ」
するとグレゴールが、私の袖を引っ張った。
「無理に付き合わずともよい」
彼は私を気遣っている様子だったが、私は引き受けることにした。メルセデス以外にも、この世界で女友達を作れるチャンスだと考えたからだ。
(前の世界では、全然女の子と仲良くなれなかったけど。こっちに来てから、少しずつ変われている気がするもの……)
「私でよろしければ」
大きく頷けば、二人はきゃあっと華やいだ声を上げた。
「力強いお言葉ですわ!」
「では、今から楽屋へ来ていただけませんこと? お時間は取らせませんわ」
「ええ!」
チラとグレゴールを見やれば、彼は付いて来るつもりのようだ。私は、彼を制した。
「私たち、女同士で楽しみたいのです。ラウンジで、待っていていただけません?」
以前の世界では無縁だった、ガールズトークだ。満喫したかった。グレゴールは少し思案した後、了承した。
「なら、そうしよう」
「すみません、すぐに戻ります」
私は二人の令嬢たちと一緒に、楽屋へと向かった。二人はそれぞれ、マリアにアンネと名乗った。フルネームは……、長ったらしくて覚えきれなかったのだけれど、カロリーネの取り巻きだけあって、上流家庭の令嬢たちらしい。
「そういえば、カロリーネ様はどうされたのですか?」
私は、二人に尋ねてみた。
「この後ご用があるとかで、もう帰られましたわ」
マリアが、意味ありげに微笑んだ。
「助かりました。家同士の付き合いがありますから、仕方なくお付き合いしていますけれど、正直カロリーネ様のお相手は疲れますの」
アンネも、同調した。
「ハルカさんとは、ずっとお話ししてみたかったのですわ。彼女の目を盗めて、ラッキーでした」
「そう……、なんですね」
そう答えつつも、私はちょっと当惑した。家同士の付き合いがあるというのは本当だろうし、カロリーネが面倒くさい女性だというのも確かだ。
(けど、そういう陰口って、好きじゃないな……)
そんなことを考えているうちに、地下の楽屋へ着いた。前回来た場所だ。すると、マリアがあっと声を上げた。
「あら、私ったら! 先ほどの席に、手袋を忘れてしまいましたわ」
まあ、とアンネが眉をひそめる。
「大切にしていた品よね? すぐに引き返した方がいいわ。私も、一緒に捜すわね」
二人は、早くも踵を返そうとしている。私は、思わず声をかけた。
「私も、手伝います」
だが、二人は固辞した。
「ハルカさんに、そこまでしていただくわけにはいきませんわ。先に、こちらでお待ちいただけませんこと? すぐに戻りますわ」
「はあ、では……」
マリアたちは早足で、来た道を戻ってしまった。私は仕方なく、一人で楽屋へ足を踏み入れた。
(あれ……?)
室内は、もぬけの殻だった。役者やスタッフらも、皆引き上げたようだ。私とグレゴールが、愚図愚図残っていたせいだろう。
(でも、アンネさんたちは、メイクさんと約束した、と言っていたし。そのうち、来られるよね……?)
手持ちぶさたに、一人室内で佇んでいると、不意にガチャリと音がした。思わず振り返れば、一人の男性が入って来た。見覚えのある顔だ。先ほどの芝居の、主演の役者だった。
「面白いお芝居だったわね。じゃあ、私は彼女たちと帰るから、これで」
それだけ告げると、カロリーネは拍子抜けするほどあっさりと、取り巻きの令嬢たちの元へ行ってしまった。私は、ほっとした。
(ま、始まる前にあれだけガツンと言われたら、当然か……)
「落ち着くまで、少し待つか?」
グレゴールは、あくまでも気遣ってくれる。もう涙は止まったというのに、彼はハンケチを手にしたままだ。
「そう……、ですね」
私は頷いた。帰ろうと思えば、帰れる。けれど、グレゴールが隣にいてくれるこの時間を、少しでも引き延ばしたかったのだ。
(帰りの馬車でも、屋敷でも一緒だというのに。わがままだな、私……)
「まあ、興味深い芝居ではあったがな」
次々と帰って行く観客たちを眺めながら、グレゴールは呟いた。
「主人公の男は、勇気ある決断をしたことだ。主君よりも、自分の恋を選ぶとは……」
グレゴールは、何かに思いを馳せる眼差しをしている。私は、意外に思った。彼が恋愛物の芝居に、それほど興味を持つとは思わなかったのだ。そういえば最中も、熱心に鑑賞していた気がする。
「……もう、大丈夫です」
客席が空になる頃、私はようやく重い腰を上げた。これ以上居座るのは、劇場側に迷惑だろう。
「そうか?
「はい、すみません。今日は、連れて来ていただいてありがとうございました。楽しかったです」
無理やり笑顔を作れば、グレゴールはほっとしたように微笑んだ。
「それならよかった。甲斐があったというものだ」
連れ立って、ロビーへと出る。すると、二人の若い娘たちが駆け寄って来た。見覚えがある。カロリーネの取り巻きたちだ。カロリーネ本人と他の取り巻きらは、もう帰ったらしかった。
「ハルカさん! ちょっとよろしいかしら? 爪のことで、少しご相談がありますの」
彼女たちは、にこやかに私を見つめた。
「爪?」
「ええ。先日の舞踏会で、ハルカさんの爪が素敵だと、話題になりまして。そこで私たちも、この劇場のメイクさんにお願いすることにしましたの」
へえ、と私は目を見張った。そういえば、噂していたっけ。
「鑑賞を終えて、今からいよいよ装飾を施してもらう約束なのですけれど……。ハルカさん、アドバイスをいただけませんこと?」
「私が、ですか?」
ええ、と令嬢たちは頷き合った。
「何分、爪を飾るなんて初めての経験ですもの。その点、ハルカさんの先日のデザインは、実に素敵でしたから。私たちにも、似合う装飾を教えていただきたいのですわ」
するとグレゴールが、私の袖を引っ張った。
「無理に付き合わずともよい」
彼は私を気遣っている様子だったが、私は引き受けることにした。メルセデス以外にも、この世界で女友達を作れるチャンスだと考えたからだ。
(前の世界では、全然女の子と仲良くなれなかったけど。こっちに来てから、少しずつ変われている気がするもの……)
「私でよろしければ」
大きく頷けば、二人はきゃあっと華やいだ声を上げた。
「力強いお言葉ですわ!」
「では、今から楽屋へ来ていただけませんこと? お時間は取らせませんわ」
「ええ!」
チラとグレゴールを見やれば、彼は付いて来るつもりのようだ。私は、彼を制した。
「私たち、女同士で楽しみたいのです。ラウンジで、待っていていただけません?」
以前の世界では無縁だった、ガールズトークだ。満喫したかった。グレゴールは少し思案した後、了承した。
「なら、そうしよう」
「すみません、すぐに戻ります」
私は二人の令嬢たちと一緒に、楽屋へと向かった。二人はそれぞれ、マリアにアンネと名乗った。フルネームは……、長ったらしくて覚えきれなかったのだけれど、カロリーネの取り巻きだけあって、上流家庭の令嬢たちらしい。
「そういえば、カロリーネ様はどうされたのですか?」
私は、二人に尋ねてみた。
「この後ご用があるとかで、もう帰られましたわ」
マリアが、意味ありげに微笑んだ。
「助かりました。家同士の付き合いがありますから、仕方なくお付き合いしていますけれど、正直カロリーネ様のお相手は疲れますの」
アンネも、同調した。
「ハルカさんとは、ずっとお話ししてみたかったのですわ。彼女の目を盗めて、ラッキーでした」
「そう……、なんですね」
そう答えつつも、私はちょっと当惑した。家同士の付き合いがあるというのは本当だろうし、カロリーネが面倒くさい女性だというのも確かだ。
(けど、そういう陰口って、好きじゃないな……)
そんなことを考えているうちに、地下の楽屋へ着いた。前回来た場所だ。すると、マリアがあっと声を上げた。
「あら、私ったら! 先ほどの席に、手袋を忘れてしまいましたわ」
まあ、とアンネが眉をひそめる。
「大切にしていた品よね? すぐに引き返した方がいいわ。私も、一緒に捜すわね」
二人は、早くも踵を返そうとしている。私は、思わず声をかけた。
「私も、手伝います」
だが、二人は固辞した。
「ハルカさんに、そこまでしていただくわけにはいきませんわ。先に、こちらでお待ちいただけませんこと? すぐに戻りますわ」
「はあ、では……」
マリアたちは早足で、来た道を戻ってしまった。私は仕方なく、一人で楽屋へ足を踏み入れた。
(あれ……?)
室内は、もぬけの殻だった。役者やスタッフらも、皆引き上げたようだ。私とグレゴールが、愚図愚図残っていたせいだろう。
(でも、アンネさんたちは、メイクさんと約束した、と言っていたし。そのうち、来られるよね……?)
手持ちぶさたに、一人室内で佇んでいると、不意にガチャリと音がした。思わず振り返れば、一人の男性が入って来た。見覚えのある顔だ。先ほどの芝居の、主演の役者だった。